エピローグ

「刀至くん!」


 真白は落下してくる刀至を間一髪のところで受け止めた。

 かなりの高度から落ちたせいで衝撃を殺し切れずに真白は地面を転がった。

 身体中に擦り傷ができるがそれでも刀至を傷付けまいと小さな身体で抱え込む。


 勢いが収まったところで刀至を地面に横たえた。


「刀至くん! 刀至くん!」


 真白が必死に声をかけても刀至はなんの反応も示さなかった。

 血塗れの身体を見て真白は嫌な予感がした。血で汚れるのもかまわずに刀至の胸に耳を当てた。


 ……動いて……ない!


 心臓の鼓動が止まっていた。

 

 真白は血の気が引いていくのを感じた。

 瞳から涙が溢れる。胸が締め付けられる思いだった。


 ……私のせいで……!

 

 口に手を翳しても吹き返してくる息がない。呼吸も完全に止まっている。

 呼吸停止に心停止。一般人なら早急に心肺蘇生を行わなければならない。

 

 だが真白たちは魔術師だ。神秘の力、魔術がある。

 この状態からでも助けられる。


「小夜ちゃん! 刀至くんが!」

「こっちに連れてきて! まとめて回復する!」


 真白は小夜の言葉に頷き、刀至を担ぎ上げる。身体強化魔術と雷属性の強化魔術を発動して小夜のところまで戻った。


「登ってこれる?」

「大丈夫です!」


 刀至が地面を押し潰したので高低差はざっと十メートル。

 だけど魔術師にとってこの程度の高度は問題にならない。

 

 真白は少し後ろに下がると助走をつけて飛んだ。なるべく刀至に衝撃を与えないようふわりも着地すると颯斗の隣に刀至を寝かせた。


「智琉くんは!?」


 小夜が回復魔術をかけながら叫ぶ。鬼人の攻撃を受けていたのだ。致命傷を受けていてもおかしくない。

 だが、真白はガードが間に合っているのを見ていたので命の心配まではしていなかった。

 

「大丈夫。僕はここだ」


 下から声がして見てみると腕をだらんと垂らした智琉がいた。

 折れているのは一目瞭然だ。しかし真白が思った通り命の心配はなさそうだ。


 智琉も身体強化魔術を使ってみんなの所まで登ってきた。


「小夜。どう?」

「わからない! でも……!」


 小夜は魔力も惜しまずに回復魔術を使っている。

 しかし依然として二人は目も覚まさない。

 颯斗の血は既に止まっているが、かなりの血を失ってしまったのか目は閉じられたままだ。

 刀至に至っては傷が全く塞がらない。


「なんで……!」


 小夜が涙声で叫ぶ。真白と智琉も自分が使える回復魔術を使ったが状況は好転しなかった。

 

「真白さん。船まで戻って救援を呼んできてくれる?」


 智琉が額に汗を拭いながら言う。


 真白も一番無事なのは自分なのはわかっていたので即座に頷いた。


 そして地面に降りようとしたところで、女性の声が空間に響いた。

 

「その必要はない」


 突如として空間に黒い靄ができると瞬く間に人の姿に変わっていく。

 漆黒の長髪に漆黒の目。濡羽色のローブを纏い、身の丈を超える杖を携えている女性だ。


「アラトニスさ……ま?」

「問答をしている余裕はない! 転移するぞ」


 アラトニスが杖を地面に突き立てると、影が広がり真白たちを覆い尽くした。


 視界が晴れた時には別の場所に移動していた。


 そこは近代的なビルの中で八咫烏の軍服を纏った魔術師達が忙しなく行き来していた。

 真白も小さい頃、父に会いにくるために何度か来たことがある。


 魔術結社【八咫烏】。その本部にあるロビーだ。


 アラトニスは魔術師達に指示を出していく。


「伝達通り、回復魔術を扱える者を集めろ。全員だ。二人とも絶対に死なせるなよ。楓も呼べ!」


 楓と呼ばれた人物は神宮寺楓。

 零級魔術師、十鴉影将とあえいしょう第十席。

 回復魔術に秀でた魔術師だ。

 

「あの……。アラトニス様。刀至くんはどうなるんですか?」

「心配するな。八咫烏が総力を持って必ず助ける」


 それは学生に対する扱いではなかった。

 ただの五級魔術師に普通はここまでしないし、してはいけない。

 それは八咫烏も組織である以上、私情で動けばいらぬ軋轢を生む。

 真白にでもわかるぐらいだ。アラトニスにわからないわけがない。

 だがそれを承知の上で動いた。


 ……刀至くん。あなたは一体何者なの?


 それは刀至が八咫烏という組織にとって最重要だと言うことの証左だ。


 だがそれも頷ける話だと真白は思った。

 刀至が最後に見せたあのの力は常軌を逸している。

 

 それこそ零級魔術師ですら遠く及ばない力を刀至は持っている。


 しかし今はそんなこと関係なかった。

 真白は頭を振って思考を切り替える。


 ……今は助けてくれるだけでいい。


「アラトニス様! ありがとうございます!」

 

 指示を出し終え、去っていくアラトニスに真白は頭を下げた。小夜と智琉も真白に続く。


 アラトニスは振り返り、「お前達も治療を受けろ」と言い残して去っていった。


 すぐに何人もの魔術師が刀至と颯斗に回復魔術を使う。


 そうしていると要請を受けた楓もやってきた。


 楓は黒髪をポニーテールにした美人だ。真白からみてもかなりスタイルがよく、気を遣っていることがわかる。

 

 楓は回復魔術を得意とする魔術師だ。

 だがそれだけでは零級魔術師にはなれない。零級魔術師に求められるのは個の強さだからだ。

 楓も零級魔術師の座をその力で勝ち取っている。

 

 楓の二つ名は【不沈】。

 いくら攻撃しようが、瞬時に回復する。致命傷となりうる攻撃以外はどうせ回復できるからと避けもしない。


 【不沈】は絶対に倒れないからこそついた二つ名だ。

 

 真白は楓のことをよく知っている。

 楓は修司の弟子だからだ。よく星宮邸にも来ていた。だから【不沈】という二つ名を嫌っているのも知っている。


 理由は可愛くないから。

 立ち振る舞いは凛としていてかっこいいが、可愛いものが好きなのだ。

 だから真白にとって楓は優しいお姉さんなのだ。

 

「真白ちゃん。久しぶりだね」

「お久しぶりです楓さん」


 楓は真白と軽く挨拶を交わすとすぐに刀至と颯斗の容態を確認した。

 その表情が一瞬にして真剣なものへと変わる。

 

「……一級は私についてきて。ここじゃ設備が足りないから移動する。二人を私の工房に運んで」


 楓の指示で魔術師たちがテキパキと動く。刀至と颯斗に魔術を使い浮遊させ、運んでいく。

 そんな中、楓は真白に向き直った。


「この二人は預かるよ。あと真白ちゃんとそこの二人もきちんと処置を受けるように」


 そう言い残すと、魔術師達の後に続き楓もその場を去る。


「楓さん!」


 真白の呼びかけに楓が振り返る。


「よろしくお願いします!」


 真白が丁寧に頭を下げた。それを見て隣の小夜と智琉も同じように頭を下げる。

 

 楓は凛とした笑みを浮かべると力強く頷いた。

 

「任せて。この子達は必ず助ける」


 そうして去っていく楓の姿を真白、智琉、小夜の三人は見送ることしかできなかった。


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ご覧いただきありがとうございます!

これにて二章完結となります!

三章はしばらくお待ちください!


三章を待っている間に新作を読んでいただければと思います!

自信作です!損はさせません!ぜひご一読を!


偽剣使いと氷姫〜夢で見た囚われの少女を救う為、勇者召喚に自分から巻き込まれにいきます〜

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救星の復讐者 〜超越者と呼ばれる最強魔術師に『家族』を惨殺された非魔術師の復讐譚〜 平原誠也 @seiyahirahara

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