救星の復讐者 〜超越者と呼ばれる最強魔術師に『家族』を惨殺された非魔術師の復讐譚〜
平原誠也
プロローグ
岩戸殺人事件
ある年の深夜、児童養護施設「岩戸」で悲惨な殺人事件が起こった。
職員、児童を含め五十人以上が何者かによって殺された。
凶器も動機も、何もかもが不明。謎に満ちた事件だった。
確かなことはこの事件、岩戸殺人事件での生存者は一人も居ないという事だけ。
それが公式の調査記録だ。
しかし秘匿されながらも生き残った一人の少年がいた。
少年の名を
姓の岩戸は養護施設の名前から取った。
刀至には身寄りがなく親族はいない。しかし決して不幸ではなかった。血の繋がりはなくとも施設のみんながいたから。
刀至にとっては先生たちが親で、子供たちは兄弟姉妹。
紛れもなく『家族』だった。
そしてこの事件の犯人は魔術師だった。
冗談のように聞こえるかもしれないが、この世界に魔術師は実在する。
魔術師とは非魔術師からは姿を隠して、脅威へと立ち向かっている集団だ。
しかし魔術師とて人間。人を助け、世界を救おうとしている善人もいれば、人を殺すのも厭わない極悪人も存在する。
これはある一人の魔術師に『家族』を惨殺された少年の復讐譚。
その日は大晦日だった。
俺は他の子供たち、先生たちと一緒に施設の一室で年越し蕎麦を食べていた。
時計を見ると年が明けるまであと僅か。部屋には大晦日特有の高揚感が漂っていた。
普段は夜になったら消されているテレビも今日ばかりは液晶から光を放っている。
皆が皆、年越しの瞬間を今か今かと待ち侘びていた。
俺も例には漏れず、普段は眠っている時間だったが目は冴えていた。しかし子供たちの中には眠気に負けてウトウトしている子やぐっすり夢の中の子もいた。
だが俺と同じように多くの子供たちは起きていた。
「年が明けるまであと一分となりました!」
テレビに映っているリポーターが興奮した様子でマイクを握っている。
画面には六十という文字が大々的に表示され、カウントダウンが始まった。
起きている子供たちに先生たちがクラッカーを手渡していく。寝ていた子供たちも優しく起こされて同じようにクラッカーを渡していた。
「はい。刀至くん」
「ありがとう! 先生!」
俺も実の親のように慕っている先生からクラッカーを受け取った。
年明けまではあと僅か。
「三!」
テレビのカウントダウンが三になり、リポーターも指を三本立てている。
リポーターの顔にはとびっきりの笑顔が浮かんでいた。俺も釣られて笑顔になる。
その頃には寝ていた子供達も完全に目を覚まし、みんなで声を合わせて「三!」と言った。
「ニ!」
職員たちがクラッカーを構えるのを見て子供たちも笑顔で真似をした。
「一!」
そしてその瞬間はやってきた。
――パンパンパン。
軽やかな破裂音が鳴り響いた。そして。
――血の花が咲いた。
「え?」
べチャリと顔に暖かい液体がかかった。部屋中に濃密な鉄の匂いが充満する。
俺はそれがなんなのかがわからなかった。
いや、理解したくなかっただけかもしれない。
一瞬前まで先生だったモノが、バランスを崩して倒れていく。
それが俺の目にはやけにスローモーションに映った。
震える手で顔に付いた液体を拭うと、そこには真っ赤な血があった。
「ひぃ――」
「ハッピーニューイヤー!」
誰かが悲鳴をあげようとしたが、この場には似つかわしくない陽気な声にかき消された。
いつの間に入ってきたのか扉の前には男が立っていた。
ブロンドの長髪を後ろで纏めている男だ。
白いスーツに白いシルクハット。手にはステッキを持っている。
見ようによってはマジシャンのようにも見える。
しかしそんなふざけた格好であるにも関わらず目は獲物を品定めする蛇のように細められていた。
そんな男は腕を組み、シルクハットのつばを摘んで、扉に寄りかかっていた。
俳優のような大袈裟な格好と血だらけの教室に現実感が薄れていく。
まるで映画の中に入ってしまったかのような不思議な感覚を覚えた。
「年が明けましたよ? ほらクラッカーを鳴らしてください?」
男は惚けるように言って柏手を打った。その全ての仕草がわざとらしい。
教室がしん――と静まり返った。
誰も声をあげなかったのは奇跡だと言えるだろう。
「なんだ。やらないのですか。まあいいでしょう」
男がこれみよがしにため息をつき、大袈裟に肩をすくめながら部屋に入ってくる。
見知らぬ男が近付いてくる恐怖。
そんな未知の感覚に子供の一人、俺よりも年下、小学一年生の少女が堪えきれず悲鳴をあげてしまった。気付けば部屋の外へ向かって駆け出している。
「まっ――」
口から出かけた静止の声は届かなかった。
男は冷ややかに駆け出した子供を一瞥した。
その視線だけで背筋が冷たくなるような怖気が走った。
しかし男は興味が失せたのか、視線を外した。
……え?
一瞬。ほんの一瞬だけ見逃すのかと思った。
しかしそんな甘い事はなかった。
部屋から出ようとした子供は扉を通った瞬間に細切れになった。
……は?
悲鳴すら上げる事なく子供が死んだ。
おそらく死んだことにすら気づかなかったのではないだろうか。
それぐらい一瞬の出来事だった。
全員が理解した。ここからは逃げられないと。
その事実に部屋中が恐慌に陥りかけた。
しかし男が「私は騒がしいのが嫌いなんです。いいですね?」と、とびっきりの笑顔で言った事で子供たちは口を閉じた。
そうしなければ命がない事は皆が理解していた。
……どうする?
状況は絶望的だ。
生きている子供は自分を含め八人。大人は最初に全員死んでいる。
俺は横目で子供達を見渡した。
息を殺し泣いている子供、ガクガクと震えている子供。涙を流している子供。誰もが絶望していた。
……なんとかしなきゃ。
その思いが心を冷やしていく。
施設の中では俺が一番歳上だった。
先生達からは小さな子は年長者が守るものと教わっている。だからなんとかするべく思考を巡らせる。
同じ中学生は他にも一人いる。同じ中学一年生でみんなのリーダーの様な存在、
彼とは親友だ。いや、親友なんて言葉では言い表せない関係だ。身寄りのない俺たちにとっては、そう。
――『家族』だ。
そんな彼の方へ視線を向けるとパチっと目があった。
……よかった。
内心で安堵の息をつく。和樹の目は死んではいなかった。この絶望的な状況で思考を続けている。
しかし状況はより悪い方へと転がり落ちていく。
「――ふむ。これはこれは……最初から当たりを引きましたねぇ」
男が俺を見た。瞬間、笑顔がニヤリと歪んだモノへ変貌した。
ぞわりと鳥肌がたつ。
男が歩いてくる。
来るな来るなと願いながらもその願いは叶わなかった。
男は目の前まで来ると歩みを止めた。
「君……名前は?」
男が悍ましい目つきで覗き込んでくる。それだけで動けない。震えが止まらない。まるで蛇に睨まれた蛙のように。
俺の様子を見た男は大仰にため息をつくと言葉をこぼした。
「――殺しますよ?」
ぞわりと背筋が怖気立つ。室温が氷点下になったかのような錯覚を覚える。舌が乾き言葉を発せない。
明確な生命の危機に血の気が引いていき、呼吸が浅くなる。
――このままじゃ死ぬ。
そう思った瞬間、フッと身体が軽くなった。窒息寸前だった肺がひたすらに空気を求めて喘ぐ。
「いやはやこれは失礼しました。名前を聞くならまず自分から。基本でしたね」
男は掴み所のない態度で口にした。
そのまま彼はボウ・アンド・スクレープと呼ばれる欧州の貴族社会における伝統的なお辞儀をした。
その姿は堂に入っており、取ってつけたものでない事は一目瞭然だった。
もしかしたら高貴な生まれなのかもしれない。
「私の名前はヒュー・デア・アガルト。奇術師と呼ばれた魔術師です」
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第一話ご覧頂きありがとうございます!
新作、異世界ファンタジーも投稿始めました!
よかったら見ていっていただけるとありがたいです!
新作名↓
偽剣使いと氷姫〜夢で見た囚われの少女を救う為、勇者召喚に自分から巻き込まれにいきます〜
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