再び一人の学校探検
「つまんない!」
その後、坂崎さんは西側の2階、1階とトイレを点検した。けれども何もなくて、つまんないつまんないと呟く坂崎さんを藤友君が引きずって寮に引き上げることになった。
帰りに三人で寮の入口を通った時も管理人さんはいなかった。なんでだ?
「明日先生に聞いてみる。つまんない。お休みっ」
「ああ、またなアンリ」
実に不満そうに部屋に戻っていく坂崎さんの後ろ姿を眺めながら、廊下の時計をみるとすでに2時近くになっていた。
「今日は災難だったな」
「本当に。坂崎さんっていつもこうなの?」
「まぁ、俺といるときはだいたいこうだな。ところでさ、お前『トイレの花子さん』ってどんな話だと思う? 一般的なとこでいい」
藤友君は少し困ったように顎の下を擦っている。
トイレの花子さんといえば、おかっぱの白いブラウスに赤いスカートを着た小さな女の子の幽霊。トイレで殺されたからトイレにいるらしい。
花子さんに会うとトイレに引きずりこまれる。
これを基本にいくつかバリエーションがある。
「一般的っていうとこんなとこだと思うけど」
「だよな」
藤友君は考え込むように腕を組んだ。あの西側3階のトイレのおかしな感じ、藤友君も感じたのかもしれない。
「……何か気になることがあるの?」
「いや……じゃあまた明日な。お休み」
藤友君は部屋に戻っていったけれど、僕には気になることがある。
それから1時間ほど後、僕は再び学校に向かっていた。
一人で外に出ようとすると、入り口には管理人さんがいた。だから部屋の窓を開けて外に出る。僕の部屋は1階だから窓から出てぐるっと回れば実は外に出られるんだ。前に人体模型を探しに行った時もこのルート。
今回ニヤと一緒だ。ニヤは新谷坂山の怪異を封印している存在だから、その中にいた怪異には一番詳しい。
「それほど嫌な空気でなかったというのは本当か?」
「うん、怖くなかったし」
「妙だな。新谷坂山に封印されるのは人に害をなした悪しきものだ。とすれば封印とは無関係のもののようにも思われるがな」
それは僕も少し考えた。『トイレの花子さん』とすると、それは学校の怪談。封印されるとかそんなものではない気はする。それにこの噂ってそこまで古くないよね? 厠とか雪隠とかじゃなくてトイレだし。
ニヤは僕の隣をトトトと走りながらも、その闇色の体は時折ふわりと夜に溶け込む。
今度の道行はさっきの探検の時と違い月明りもすっかり雲で隠れていて、時間のせいか歩道脇のライトも消灯していた。僕の足元はすっかり夜に覆われて、それを照らす懐中電灯の明かりはか細く頼りない。その奥に浮かび上がる学校はすっかり闇に包まれている。
懐中電灯一つでは全容は見渡せない。毎日通う学校なのに、今では大きなお化け屋敷のように僕を飲み込もうとしている。
先ほどと同じように通用口の室外機から鍵を取り出して学校に足を踏み入れる。さっきは三人だったからかあまり感じなかったけど、通用口を閉めるときのドアのキィという軋みや風でガタガタ揺れる窓、何もかもが不気味に思える。
夜はさらに深まり、不可思議な気配が満ちている。早く終わらせようと、ビクビクしながら廊下を通り、西側3階の女子トイレまで走る。
さっきは個室のドアがぴったり閉まっていたのに今はすっかりその内側に開き、先ほど感じた怪異の気配は消え失せていた。
中は普通の洋式トイレ。薄暗いトイレの雰囲気自体は怖いけど、それは学校の他の部分と同じだろう。特別に異常も感じないし、何かが絡まる感じもしなかった。
「ニヤ、僕はさっきここに何かがいる感じがしたんだよ」
「ならばその時はいたのであろう。確かに気配は感じるな」
「今どこにいったかわかる?」
ニヤはきょろきょろとトイレの様子を眺め、外と比べる。
「遠くは離れてはいないように思えるが……の辺りにはこ存在を複数感じるゆえ、お主がまみえたのがいずれかは判らぬな」
「複数、いるの?」
「ああ。けれどもその一つ一つはさほど強いものではない」
この学校は僕が封印を解いた新谷坂山の中腹に建っている。そして解いてからまだ半月も経っていない。
以前封印から逃げ出した怪異はこの山裾に何十年もとどまっていたらしい。だからこの辺に怪異が複数いてもおかしくないんだろう。なんとなく、学校全体がますます不気味で得体の知れないものに思えた。
でもトイレにいないってことは、さっきのは花子さんじゃなかったのかな。花子さんはトイレにいるんだよね?
「いずれにせよ強い気配はない。さほど気にかける必要はないのではないかね」
「……また会ったら考えようか」
なんとなく、トイレで会った時の気配は怖がってるように感じたから、あんまり悪いものではないのかもしれない。
「そういえばニヤは『トイレの花子さん』って知ってる?」
「我は封印を見張るだけだ。怪異の名は知らぬ」
「だよね」
一通り学校の周りをうろうろして、寮に帰った頃には既に四時近くて僕の眠気も限界だった。
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