トイレの花子さん、とは何か

 午前の授業中に検討にあてた。

 幽霊は手紙を出さない。幽霊は人の魂で非物理だ。封筒には触れない。そうするとこの怪異は物理現象だ。『トイレの花子さん』は幽霊のイメージだったが、狐狸妖怪の類なのか?

 よく考えれば納得する部分もある。『トイレの花子さん』は全国に存在する。そしてそれは皆、バリエーションはあるものの基本的には同じ性質を兼ね備えている。けれどもトイレで死ぬ子供などそうそうはいない。まぁ学校のトイレで死んだ子供がいたとしても、せいぜいその学校で幽霊として化けて出るくらいで、同じ魂が全国津々浦々の学校で出たりしない。『トイレの花子さん』が幽霊とは異なる性質を持つ特殊現象だとすれば、物理作用が可能なのかもしれない。わからないな。

 そういえば東矢は怖い話が好きなんだったか。よく末井まついが席までやってきて、そんな話をしていた。それに幽霊も信じてるって言ってたな。

 休み時間に隣の席を見る。東矢がぼんやりと窓の外を眺めていて、ぽかぽかと暖かそうな陽が差し込んでいた。相変わらず恐ろしく存在感が薄い。

「東矢、『トイレの花子さん』って幽霊と妖怪とどっちだと思う?」

 東矢はきょとんとした顔で俺を見る。


「幽霊だと思ってたけど……。どっちかというと『学校の怪談』じゃないのかな」

「『学校の怪談』は幽霊や妖怪と違うのか?」

「ええと。幽霊や妖怪は独立して存在しているでしょう?」

「独立?」

「そう。どこでもそれがいるところに単体で出てくる。でも『学校の怪談』はその中身が何かっていう以前に『学校』っていう場所が重要なんだ。学校じゃないと成り立たないもの。存在し得ないもの? だから学校をキーワードに仕掛けられた呪いの一種じゃないかな。」

 呪い?

 南向きの明るい窓に不釣り合いな不穏な単語。

「それで『トイレの花子さん』とか『動く人体模型』っていうのは学校っていう特定のフィールドが展開された時にポップするアンノウンで、学校という地形を利用して特殊効果を発動させる、的な存在? だからどの学校でも同じようなフィールドが展開する限りは似たようなバリエーションがポップするし学校に縛られているれけど学校という状況を最大限に利用できる、と思うの」

 ……なんか、思ったよりガチか、こいつ。ヤバい奴なのか?

 けれども話に納得できることはある。靴箱に入っていた封筒もコピー用紙も学校の備品と言われれば合点がいく。『トイレの花子さん』の中身は何であれ『学校の怪談』なら学校にしか存在できない。それは前提として使えそうだ。それなら待ち合わせ場所は学外にした方がよかっただろうか。

 それからこいつは、東矢は信用できるのか。


「昨日、3階のトイレで様子が変だったよな。何かあったのか」

「……『トイレの花子さん』の気配がした。信じてくれるかはわからないけど」

「『トイレの花子さん』?」

「うん。だから藤友君も坂崎さんももう行かないほうがいいと思う」

「それ、絶対アンリにいうな。絶対に行くって言い張るから」

 東矢は慌ててうなずく。

 大丈夫かな、昨日も無意識に考えたことを口に出していたようだ。

「それより、藤友君も昨日トイレで何かあったの? 様子が変だったけど」

 けれどもその瞳は俺を心配しているようだった。

 俺を心配する人間というのも珍しい。大体は俺は悪い方悪い方へ印象付けられる。ひょっとしたらアンリの幸運の影響を受けないように、俺の不運の影響も受けないのかもしれないな。まだ不確定だが。

 東矢に話したほうが得だろうか。

 普通、『トイレの花子さん』から手紙をもらったと言っても信じはしないろう。けれども東矢の発言は『トイレの花子さん』が存在することを前提としたものだ。そうでなければ、「だから」「行かないほうがいい」とは言わない。

 昨日の行動からも、東矢は悪いやつのようには思われない。多分、物物交換が好きなタイプだ。情報を渡せば情報が返ってくるような。俺の話を信用するだろうか。こういうわけのわからない話は好きそうだから、俺の知らない情報を知っているかもしれない。手がかりは少しでも欲しい。

 そうすると腹を探りあっても面倒なだけだ。


「昨日、トイレで何かに捕まった感じがしたんだ」

「ああ、やっぱりそうなんだ」

「やっぱり? それで今朝『トイレの花子さん』と思われる者から手紙で放課後に呼び出しがあった。俺が把握していることはこれだけなんだが、何かわかることがあれば教えてほしい。行くと返事を出してしまったがやめた方がいいかな」

 東矢は一瞬目を丸くする。信じるだろうか。

「それ僕もついて行っていい?」

 二、三度瞬きして、真面目な顔で口から出たのがその言葉だった。

 何故?

 こちらはこれでも真面目に話している。怖い話が好きだからと言って、これは既に俺の不運な現実だ。興味本位でかき回されても困る。

「……ついてきてどうする気だ?」

「見れば何かわかるかもしれない。その、僕も気配を感じたから気になってるんだよ。それに多分、一人より二人の方が安全だと思うんだ。何かあったら追いかけられるし」

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