放課後の校舎裏
「何かありそうなのか」
「それはわからないけど。それからトイレから出てる時点で『トイレの花子さん』じゃない気もするんだ。トイレから出て追いかけてくるバリエーションもあるから確定はできないけど」
確かに『トイレの花子さん』はトイレで待ち受けるイメージだ。それもまぁ、納得はできる話に思える。そうするとアレは何なのか。俺にはさっぱりわからないが、だからこそ妖怪や幽霊が好きだという東矢の情報は役に立つのかもしれない。
一人より二人のほうがリスクが分散できるのも確か。
何より、東矢は俺の話を信じている。何故俺の話を丸ごと信じているのかがわからないが、その妙に真剣そうな目からは茶化すのではなく、真面目に考えていくれているように思える。少なくとも面白半分には感じない。
「えっとそれから、どっちかっていうと藤友君が『トイレの花子さん』を呼び出したんだよ。だから、無視するのはまずい気がする」
「まて。何? 何のことを言っている?」
「あのね、『トイレの花子さん』のテンプレートは3階の3番目のトイレで3回ノックして花子さんを呼び出すこと。藤友君は昨日トイレのドアを3回叩いたでしょう、指で。それから「花子さん」って言った」
叩いた……か?
ノックでなく指で? 全然記憶にない。
「俺は『トイレの花子さん』は『いない』と言ったんだぞ?」
「幽霊ならさ、会話の内容で判断するかもしれない。けれど『学校の七不思議』っていうのは呪いとか、システムとかいう類なんだと思う。それならキーワードの発生だけで条件が満たされる可能性があるかも」
まじか……。
まさか自分で種を巻いた可能性があるとは。さすが俺の不運。全てを悪い方向にしか導かない。けれども『トイレの花子さん』じゃない可能性もある。まだ話を鵜呑みにするほどの確証はない。
昼休み。
ここじゃ何だから、と東矢に誘われ屋上に向かう。
屋上に上ることなどほとんどないが、思った以上に景色はいい。さすがに昨日アンリの怪談を聞いているから端に寄ろうとは思わないが、灰色のパネルが敷き詰められた屋上からは、学校全体、そして新谷坂のが見渡せた。
少し乾燥した心地よい風が吹いている。
「呼ばれたのは俺だ。だから一人で行くのがいいのだろうと思う。お前はどこかで見ていてほしい。一緒に行くんじゃなくて。その方が二つの視点から自然な状態を観測できる、と思う。待ち合わせ場所は保健室の裏だ」
「ああ、あのトイレの真下あたり」
校舎北側は新谷坂山に接していて、校舎と山の隙間に通り抜けられる程度の通路がある。トイレの窓は校舎北側に面していて、万一トイレに何か反応があるのならその怪異を『トイレの花子さん』と確定できそうに思える。
可能な限りリスクを低減して観測できる方法だ。待ち合わせ用GPSアプリを東矢のスマホに入れる。
「念のため、俺の位置情報がわかるようにしておいた。『トイレの花子さん』と会うときは通話状態で会話内容がわかるようにしておく。他に気をつけることはあるかな」
まあ怪異や異変に巻き込まれるときは、スマホなんて大抵繋がらないんだけどな。
「ええと、そうだね。『学校の怪談』だとすると、何かの許可を求められるかもしれない。けど返事は迂闊にしちゃだめ。特に相手の言うことを肯定する場合は」
「肯定する場合? 『トイレの花子さん』は否定しても捕まったんだろ」
「そうだね。でも『赤紙青紙』の話は知ってるでしょう? 赤の紙と青の紙どっちがいいか聞かれるやつ。赤だと出血死で青だと失血死。否定だと一応駄目の意味になることも多いけど、肯定は思った内容と全然違うことがある。人間と怪異は言葉の定義が同じじゃないの」
なるほど。人間相手でも勝手に解釈されてこじれることがある。
怪異ならますます言葉は通じないだろう。
「でも今回は藤友君が呼び出した扱いになっているとしたら、無言は承諾ととられるかもしれない。申し入れをしたのは藤友君だから、相手の応答だけで何らかの契約が成立する可能性がある。だから返事はした方がいい。難しいかもだけど」
「何か問われたら返事をする、だな。まあ、アンリよりは話が通じることを期待しよう」
東矢は微妙な、妙に納得したような顔をした。アンリは本当に話が通じない、というよりアンリに会話の概念があるのかは疑問だ。
さて、今の時点で検討できることはこの程度だろうか。
放課後17:30。
僅かな緊張を感じながら保健室の裏手に向かう。
日の入りは少し先だが、山と校舎の陰であるせいか、すでに道行きは薄暗い。狭いスペースだが、前後に逃げ道は確保できる。
時間はもっと早いほうがよかっただろうか。東矢は少し離れた木の影に待機している。コードレスのイヤホンマイクを耳にかけて東矢にコールする。
「聞こえるか? 何か気づいたことがあれば教えて欲しい。つきあわせてすまないな」
「大丈夫」
今のところ通話状況は良好だ。
冷たい校舎の影を回ると保健室裏に女性が立っていた。おかっぱというよりはレイヤーボブ、白いシャツを着て赤っぽいスカートをはいている、小学生ではなく高校生くらいの女性だ。
『トイレの花子さん』ではない?
けれども成長したした『トイレの花子さん』を思わせる。こいつはいったい何だ?
「靴箱に手紙を入れた人?」
「そうです!」
「用件は何かな?」
花子さん(仮称)はもじもじしてから言う。
「あの……私とつきあってください!!」
はい?
予想外の言葉に思わず固まる。
付き合う?
憑きあう?
承諾はだめ、無言もだめ。ええと。
「すまない。つきあえない。もうつきあっている人がいる」
だがその俺の声は俺より大きな声にかき消された。
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