紅林邸のおばけのうわさ
7日間、雨谷さんと一緒にいろいろな所に出かけていろいろな話をした。
その結果わかったこと。雨谷さんはとてもいい人だ。雨谷さんは亡くなったお父さんに喜んでもらうために紅林邸の絵を描いている。お父さんのことを話す雨谷さんは、ちょっと恥ずかしそうにはにかんでいた。
やっぱり僕が封印を解いたせいで時間が巻き戻っているのだとしたら、大変申し訳ない。このままだと雨谷さんはずっと変わらない。このままじゃ雨谷さんには新しいことも良いことも起こらない。何も積み重ならないまま、そのままずっと年をとっていく。僕にとってはそれは不幸にしか見えない。
だから雨谷さんの時間を進めたい。
昨日までに雨谷さんから聞いたことからも、怪異の原因が紅林邸にあるように思われた。だから僕は紅林邸のこと、僕が解放してしまった怪異が何なのかを調べようと思った。
8日目の朝。今日も雨谷さんと夕方に会う約束をした。
今日は図書館に行こうかな。その前に、と、お昼ごはんのメロンパンを手早く食べて、学校の図書室に行く。
昼休みの図書室にはぽつりぽつりと利用者がいて、少しざわめいていた。
郷土史のコーナーは総記の0分類。図書館を見回すと窓際に置かれた大きめの本棚で、新谷坂の歴史の本を探していると突然大声で話しかけられた。
「トッチーじゃん。何探してんの」
ここ、図書館なんだけど。
トッチーというのは『東矢』という名字のトと、『一人』という僕の名前のボッチ感が合成された、この人独自の僕のあだ名だ。僕を気軽にそう呼ぶのは
明るい金色に染めた髪を頭の上でくるりと結い上げ、制服もゆるく着崩しているちょっとギャルっぽい人。夏はまだまだ先なのに健康的な小麦色の肌を維持している。
それからナナオさんは行動力にあふれてて、さっぱりした楽しい人なんだけど、本当に悪気なく結構ひどいことをサラッと言う人だから注意が必要。オカルトな話が大好きで、偏ってることも多いけど、僕にいろんな噂を教えてくれる。
それから僕が新谷坂の封印を解いた時に一緒にいた人で、今でも僕とまともに話をしてくれる貴重な人。
紅林邸のことを調べてるというと、ナナオさんはニカッと笑った。
「あぁ。あそこ幽霊でたもんな!」
「え、幽霊?」
「違うのか?」
そんな話聞いたことないんだけど。
キョトンとしたナナオさんによくよく聞いてみると、3週間ほど前に近所の人が夜中に散歩していたら、紅林邸の中で人影がうろついているのを見たらしい。それ以外でも何人か目撃例があるのだとか。紅林邸は遊歩道沿いにあるから、夜でも散歩やジョギングする人が結構いるのだそう。
しかもよくよく聞けば、幽霊のうわさが出たの自体もちょうど3週間ほど前からのようだ。
タイミング的にも僕が封印を解いた直後。
ナナオさんは面白がって棚から古そうな本を何冊か引き出した。ナナオさんはギャルっぽい外見に似合わず図書室の常連だ。将来の夢はジャーナリストで、怖い話とかを聞くと図書室にまめに調べにくる。
文献を引きながら、図書室にしては大きな声のナナオさんの話にちょっとドキドキしながら耳を傾ける。ナナオさんは幽霊の噂を聞いて、紅林邸のことを早速調べたそうだ。
「紅林邸は明治何年かに
ナナオさんは大きな写真が載った本を開く。紅林邸と、少しぼやけた白黒の人物の写真を指差す。白黒まだらの髪に髭が生えた男性で、分厚いメガネをかけて、なんとなく文豪とか学者っぽい人が本の中から僕を見返していた。
「そんで、確か50くらいで病気で死んだんだけど、その時に紅林邸で不審火が出てる。昔の新聞がどっかにあった」
意外と本格的に調べてるんだな。普段のイメージとは全然違う真面目な顔したナナオさんを見上げて思う。
「不審火? 火事ってわけでもないの?」
「うん。なんか屋敷の玄関から火が出たっていう通報があったらしいんだけど、消防がきたときは誰もいなくてさ。結局何もなかったって書いてた。最終的にはいたずら通報と思われるっぽい書き方だったな」
うーん。事件性なしってことかな。
「んで、この紅林治一郎のソウゾクニンっていうの? 家をもらう人がいなかったみたいなんだ。そんでこの新谷坂の辺りが開発されるまで、だいぶん放っとかれて建物は結構ボロボロになったらしい」
「えっ意外。結構奇麗にみえたんだけど」
「うん。建物自体はめっちゃいいヤツっぽかったから、
文化財指定とかなのかな。貴重な古い建物は国とか市町村とかが指定して保護していると聞いたことがある。
ぱらぱらとめくる紅林邸の写真でも内側はとても広くて綺麗そう。
「目撃された幽霊っていうのはこの紅林治一郎っていう人なの?」
「うーん、どうだろ。私はそんな気はするんだけどさ。でも、幽霊っつっても窓から動く人影を見たってだけらしいし、顔とかはよくわかんないかもね」
「ナナオさんは目撃してないの?」
「先週何日か見にいったんだけど、親バレして夜間外出禁止になっちった」
ナナオさんはニヒヒッと笑う。
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