荒ぶる魂の暴走

 翌日、藤友君は学校を休んだ。

 藤友君はいつも、始業のチャイムがなるだいぶん前に席についている。けれども授業が始まっても来なくて、僕は午前中に気が気じゃなかった。体調不良? それはあの花子さんのせい、なのかな。そうするとひょっとして僕のせい?

 色々な考えが頭の中をいったりきたりしながら昼休みに入ると、着信があった。表示を見ると藤友君だ。

「東矢か? よかった、繋がった。俺は今どこかに捕まってる」

「藤友君⁉ 大丈夫⁉」

「今のところは大丈夫そうだ。GPSで俺の位置はわかるか?」

 急いで藤友君の場所を調べる。寮と学校の間。昨日僕が花子さんと会って指差した、歩道から少し離れた木のあたり。とりあえずスマホ片手に息を切らしながら全速力で走れば、その木の背後の茂みの陰に、昨日と同じように花子さんが小さく蠢いていた。

 GPSは花子さんと同じ場所を差している。けれどもそこには花子さんがいるだけで、藤友君がいるようなスペースはない。一体どこにいるんだ?

「ごめんっ藤友君。花子さんには昨日、藤友君に近づかないようにお願いしたんだけど」

「お願い? いやお前のせいじゃない。チッ。そうだな、LIME転送するからちょっと待ってろ」


あんり♥ : ハルくんおはよー♪ あのね、さっき昨日の子にあったの 07:12

あんり♥ : それでー、なんかハルくんを見守るって言ってたけど、恋♥してるなら捕まえなきゃっていっちゃった♪ 07:12

あんり♥ : いい子っぽいし、やっぱためしに付き合ってみたらどうかな!? 07:13


 その画面を見た瞬間、背筋が泡立つ。

 なんだ……これ……。

 坂崎さんは正気なの? 坂崎さんは正しく花子さんの姿が見えているはずだ。あのどう考えても人とは大きく異なる花子さんの姿が。

 なのに本気で勧めているの? それとも何かの嫌がらせ?

「おい東矢、聞こえてるか?」

「藤友君ちょっとまって、花子さんと話してみる」

「花子さんと?」

 僕は木陰に腰をおろす。おそるおそる花子さんに手を伸ばし、しゅるしゅる伸びた糸をつかむ。

「昨日ぶりだね、ちょっといいかな?」

「と、や「と」い」

「藤友君、ちょっとびっくりしてるみたい。一度出してあげてもらえないかな」

「い、だ「だめ」た、て「いわれ」た、しさわ「てな」、い、ゆ」

 言葉は相変わらず複数の思念が混じりあってぶつりぶつりと千切れている。けれども糸からは、ふんわりと幸せそうな気持ちが伝わってきた。おそらく昨日花子さんが望んだ通り、藤友君と一緒にいられるからかもしれない。

 ええと、そうじゃなくて。


「東矢、ちょっといいかな。確認したい。お前、昨日花子さんに俺に近づかないよう言ってくれたんだな?」

「うん……。一応今も触らないようにしてるみたい。苦しかったりしない?」

「苦しくは、ないな、ぬるま湯の中にいるようだ。何か、そうだな、革袋の中に入ってるような感じがする。それより元凶はアンリだ。昨日もそうだったが花子さんはアンリの言うことに従っている」

 花子さんが、坂崎さんに?

「従ってるってどういうこと?」

「昨日、アンリがつきあえって言った直後に花子さんはつきあうと言った。今日も捕まえろって言ったから俺を捕まえたんだ。だからおそらくアンリが花子さんに俺を出せと言えば出れると思う」

 花子さんが坂崎さんに? 

 だって花子さんは学校の怪談で、つまりおばけでしょう? そんなことがありうるの? それに、なんでそんなことを。


「アンリは俺と花子さんが付き合ったほうが面白いと思っているだけで、悪気はないんだ。つまり全てはアンリの支配下で、アンリに『俺を外に出した方が面白い』と思わせれば出られる、多分。糞。なんつう難易度だ。さっきからアンリにLIMEを送ってるが、『お幸せに』しか帰ってこない。東矢、巻き込んですまないが、アンリを説得するのを手伝ってほしい」

 藤友君の声からは焦りと苛立ちを感じる。

「それはもちろん……。でもなんで坂崎さんは花子さんと藤友君をくっつけようとしてるの? 花子さんに恩か何かあるの?」

「花子さんは多分関係ない。……相手が人間だろうと妖怪だろうとアンリは俺がコクられたのを面白がってるだけだ。アンリは一見普通にみえるが狂っている。人と同じ思考はしない。どう話すのがいいのか、俺も考えて後で連絡がする。頭が痛ぇ」

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