閑話:私と、電車のすき間の都市伝説

『地下鉄神津こうづ線の南神津みなみこうづ駅ホームで急行電車がすれ違う時、向かい側のホームにいる幽霊と目が合うんだって』

 学校でそんな噂話を聞いて、私は南神津駅のホームに張り付いていた。

 結論、まじで幽霊見える!

 南神津駅は各駅停車しか止まらない駅で、3本に1本が各駅停車、2本が急行というぐらいの割合で電車が走っている。急行2本が行きかうタイミングはあんまりないけど、1時間くらい粘れば3回くらいは巡り合える。

 急行電車がピュゥッとホームを通り過ぎるとき、窓も人もちょっと斜めな残像みたいな感じで、ザザザと通り抜けている。でもじっと目を凝らして見ていると、急行と一緒に流れ去る人影とは別に、ホームの向こうに動かない人影が見える。

 電車が過ぎれば誰もいない。


 やっべゾクゾクする。


 噂を聞いて最初に見に来たのは放課後のいわゆる通勤時間帯で、正直急行に乗ってる人が多くてよくわかんなかった。それでもずっと見ててだんだん人が少なくなってきたとき、急行と急行の向こうにチラっと、人影みたいなもんが見えたんだよ。

 結局その日は終電直前まで粘ったから、帰った時に親にめっちゃ怒られた。

 だから、私はGWにもう一回トライすることに決めた。連休の昼なら乗ってる人も少ないだろ?


「ナナオさん、これやな感じするからやめたほうがいいと思うんだけど」

「そこがいいんじゃんか、トッチー」

 ついでに待ってる間つまんないから友達を一人つれてきた。東矢とうやっていう同じクラスのやつで、こいつも怖い話が好きなやつだ。

 トッチーがそう言ったのは、急行がもう10回もすれ違った時。

 驚いたことに、休日で人が少ない急行の窓ごしのホームに、10回とも何かの影があったのだ。しかも、回を重ねるたびにどんどんくっきりしてくる気がする。運が向いてきた!

 全体的にぼやけててよくわからないけど、女っぽいのかな。なんか変なひらひらした白っぽい服を着てる、気がする。

「トッチーも見えてんでしょ」

「まぁ、見えてるけどさ」

 トッチーは不安そうにこっちを見てるけど、私はひるまないのだ。

 そうだ、写真撮れればくっきりわかるじゃんか?

 次の電車の訪れを知らせる強い風が構内を吹き抜け、髪がバサバサと吹き飛ばされた。

 今だっ!

 そう思って急行と急行のすれ違うホームにスマホを構える。


 撮れた写真は盛大にブレていた。正直、手ブレはあんまり考えてなかった。

 ザザッと斜めにずれた写真をじっくり見る。

 でも、動いている急行の窓を通してみる姿とスマホの画面に切り取られた姿では、結構違ってみえた。

「なんか、変」

 ぼんやりにはぼんやりしているけど、なんかうねうねしてる感じがする。

「よっしゃ、手ブレないようにもっかい撮る」

「やめたほうが良いって」

「撮るだけだから」

 スマホを構えてじっと電車が来るのを待つ。殺気は急に構えたから駄目だったんだ。正直、結構腕が疲れる。

 トッチーはやめようとかしきりに言ってるけど、知ったこっちゃないのだ。だってもう何日見張ってるっていう。

 プルプルする二の腕が限界になってきたころ、左右から吹き寄せる強い風とともに地下鉄の暗い線路の奥から待望の電車の光がパァと音を立てて現れた。

 反対車線からやってくる急行と交わるのを今か今かと待ち受ける。

 私はスマホの画面を今までになくじっくり注視する。

「あ」

 撮影ボタンを押そうとしたとき、私は気が付いてしまった。

 ヒュッと全身の血の気が引いた。

 スマホの画面を通して、それは何故だかくっきり見えた。

 女の人だと思ってたけど、違った。

 そうじゃなくて、たくさんの白い腕が何十本もうねうねと何かに絡みついていた。


 あっこれヤバイやつ……


 そう思った瞬間、向かいのホームのたくさんの白い腕は、急行と急行の間の窓ガラスをすり抜け私の髪や手首や腰に絡みつき、そのまま波が引くように線路に引きずり降ろそうする。

 踏ん張る間もなく足まで絡めとられ、私の体は勢いよくホーム上の白線を超えていく。

 一瞬の出来事で、抵抗のしようもない。


 ダメかも。

 そうあきらめかけた、その時。突然何かが私の腰をホーム側に引っ張った。

 電車にぶつかる一歩手前、がくがくする膝でなんとか踏みとどまり、そのままくてりと尻もちをついた。いつのまにか背中には大量の冷や汗がびっしょりで、一瞬おいてやっとフッと息が吐けた。

 気がつけば急行はパァァという音をたてて走り去っていた。ホームにざわざわという音が戻る。恐る恐る向かいのホームを見たけど、もうそこには何もなかった。

 後ろで、ハァ、というため息が聞こえた。

「だからやな感じがするって言ったのに」

 疲れた声がトッチーから漏れる。

 私が白い腕に電車にひきずりこまれようとしたとき、トッチーがデニムのベルトをつかんで引き戻してくれたらしい。

「ナナオさん結構重い……」

「ちょっなんてことを」

 思わず吹き出すと、血の気が引いていた体に、少しだけ熱が戻った。

 改めて小さく呼吸をして、体をそらして伸びをする。ずっと小さく固まっていたみたいに関節からパキパキと音がした。肺がようやく動き出して、やっとまともに息ができる感覚。

「研究は失敗か、成功か、それが問題」

 振り返ると、あきれた顔が見えた。

「次は助けないから」

「ええ~。だって幽霊見に来たんだよ? そう言ったよね?」

「見たからもういいでしょ?」

 トッチーといると面白いことがいろいろ起こる。

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