僕という怪談

「ねぇ、僕の解放した妖って、……やっぱり人を襲うんだよね?」

「襲うであろうな。襲うからこそここに封印されていたのだ」

「僕は封印ってできるのかな。たとえば何か修行とかして」

「強引にやってやれぬことはないが、お主に才能があるようには思えぬな。それに彼の方のように命を削る。ただお主はお主のやりようですでに怪異を二つ隠世に返している。他の方法があるのやもしれぬ」

「僕が? なんのこと?」

 僕が会った『口だけ女の子』と『口だけお母さん』は、話し合って彼女らの隠世に帰ったらしい。それはどちらかというとナナオさんのおかげなのだろう。

 そうすると、ひょっとしたら話し合いとかで帰ってもらう方法もあるのかもしれない。

 話し合いで? 本当に?

 無理だ。あの『口だけ女』は話し合いなんてとても成立しそうには思えなかった。けれども実際はなんとかなった。なんとかならなくも、ないのかな。


「その、僕のせいで怪異が外に出ちゃったわけでしょう? 僕のせいで不幸が起こるのは嫌なんだ。それに僕だけ逃げ出すのも。それならちょっと頑張ってみたい」

「了承した」

 封印の向こうの僕がすうっと何かに囚われた感じがした。

 遠くに行くといってもあてはない。逃げたとしても怪異は追ってくるかもしれない。追ってきたら、僕は多分殺される。それならここに残って、僕のせいで起こる不幸をできるだけ防ぎながら方法を探したい。なんとなくそう思ったから。それはやっぱり、『口だけ女』に襲われそうになったナナオさんを見てしまったから。同じようにまたナナオさんが襲われるかもしれないから。

 けれどもそう思ったのは、その時点で僕は命が短くなる実感も封印の影響も特別には感じられていなかったからかもしれない。ようはあまりにおかしなことばかり起きすぎて、真剣に考えることができなかった、のかもしれない。

「ならば我も力を貸そう」

「いいの? さっき封印しなくてもいいって言ってたのに」

「我の役目は封印のふたである。封印するものがあるのならば封印する。ここから出たものについては封印できるのはお主であり、封印するかどうかを決めるのもお主だ。お主が望むままに協力しよう」

「そっか、あの、ありがとう。それじゃぁ……ええと、君の名前は?」

「我に名はない。好きに呼ぶが良い」

「えっとそれじゃあ」

 最初会った時のにゃあという鳴き声からと言うと怒られそうだ。

「新谷坂を守ってるからニヤでどうかな。しばらくよろしく」

 僕はニヤに向かって手を差し出す。ニヤは戸惑ったように黒い右足を差し出し、僕の右手に触れた。


 その後、しばらくたってからナナオさんは意識を取り戻した。

「『口だけ女の子』はお母さんと会えて一緒に家に帰ったみたいだよ」

「本当か!? よかったよ!」

 ナナオさんは太陽みたいに眩しい笑顔でニカっと笑った。だからきっと、守らないとだめなんだ。

「それよりちゃんと待っててっていったじゃない」

 ナナオさんが持っていたのは『口だけ女の子』からお母さんに宛てた手紙で、僕が井戸の中にいるときにメモ帳を投げて書いてもらったんだそうだ。

 そうしている間に急に井戸が光って『口だけ女の子』がお母さんがいるって慌てだしたから何かあると思って思わず踏み込んだんだ。

 でも『口だけお母さん』がメモに向かって行ったのも納得だ。子供が書いたものってわかったのかもしれない。そう考えると、きっと共通点や話し合いの余地というものは、ひょっとしたらあるのかもしれない。

「だってさぁ、心配になるじゃん」

「仕方ないなあもう。本当に何かあったらどうするつもりだったんだよ」

「うまくいったんだからいいだろ」


 そんな話をしながら僕らは井戸まで戻り、登った。

 これは正直大変だった。まず、ナナオさんに登ってもらう。

 登り始めたころには井戸の端っこが既に明るくなっていた。明るくなりかけたところで途中で下を見てしまったのも悪かったんだと思う。井戸の底は未だ真っ暗、10メートルって結構高い。降りてくる時はあんなに一瞬だったのに、ナナオさんは怖い怖いとギャーギャーいいながらずいぶん長い時間をかけて登っていった。

 僕はナナオさんを教訓に、目をつぶって汗だくになりながら井戸を登った。明日は筋肉痛間違いなしだ。登り切ると、近くの木の上からこちらを静かに眺めるニヤと目があった。

 参道から東を見ると、景色が夜から朝にかわっていた。あんなに散らばっていた小さな光はすっかりなりをひそめ、南東の海岸から登った太陽が、薄青に晴れた空と光を反射してながらさざめく海、それから白っぽい街並みを静かに照らしている。

 僕らの夜は明けた。

「あっ絵馬!」

 ナナオさんが思い出したように叫ぶ。

「また今度絵馬を持ってこようよ」

「そうだな」

 海から運ばれた爽やかな風が石段から吹き上がり、こうして僕らは日常に戻った。


 その後ニヤは僕の寮の部屋に住みつくようになった。

 新谷坂神社にいなくていいのか聞いたら、本体は封印のところにいて、今僕の目の前にいるのは仮初の姿だから問題ないらしい。僕はニヤにオレンジ色の座布団を進呈した。結構気に入っているようだ。

 こんなわけで僕は新谷坂の怪談に仲間入りをした。

 封印への影響を実感したのは日常に戻ってからだった。

 現世の僕の存在は4分の1になり、その結果、新谷坂で一緒にいたナナオさん、それから藤友君と坂崎さん以外、僕の存在を認識する人はほとんどいなくなった。その他に僕に話しかけてくるのは係とかで僕に何か用がある人くらいだ。

 高校デビューは完全に失敗。

 そんなわけで僕は現世と隠世の狭間で新谷坂の怪異を追うことになる。

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