紅林邸の幽霊の正体
頭の中は混乱を続けて、受け取った絵もどうしていいかわからずに、絵を両手に抱えながらトボトボと遊歩道を寮に向かって歩いていた。
雨谷さんは人間じゃない。じゃあ雨谷さんは何なのだろう。雨谷さんのやらないといけないことって何。
「あれ? トッチー? こんな朝早くなにしてんの? 朝じゃぁ幽霊みえないっしょ」
目を上げるとナナオさんがキラキラと朝日を浴びて笑っていた。そういえば今日は雨谷さんと会ってすぐに別れたから、まだ7時前だ。
「ナナオさんこそどうしたの?」
「朝練朝練! うん? 朝練の手伝いか。こんどソフトボール部の試合があるらしくて、怪我した子の代わりに出るんだよ」
ナナオさんは特定の部活には入ってはいないけれど、運動神経がいいからこうやってよくピンチヒッターに呼ばれるらしい。
「……つかどしたのさ、なんか随分元気ないな? なんだったらサボって話聞いちゃうよ?」
ナナオさんは僕の背中をぽんと叩く。こういう時はナナオさんの明るさがありがたい。それより、と言ってナナオさんは僕の持っている絵をのぞき込む。
「その絵どしたん? 紅林邸の絵じゃん?」
足を歩道のすみによせて木陰に座ってナナオさんに絵を見せた。
「ん?」
ナナオさんは、紅林邸の2階部分を指し示す。
「これ、幽霊じゃん。やっぱり紅林治一郎っぽい?」
言われてよく絵を見てみる。雨谷さんの絵は結構写実的だ。2階ベランダにたたずむ男性は、確かに図書室でみた治一郎によく似ている気がした。
「これは雨谷さんって子が描いたお父さんの絵だよ」
「うん? 紅林治一郎の本名は雨谷治一郎だぞ? 確か紅林ってのは屋号かなんかだったと思う」
「そうなの!?」
「でも治一郎には子供とかいなかったんだよな、だから市が家を買い取ったんだよ」
ナナオさんは前髪をかきあげながら絵に顔を近づける。
この人物は雨谷さんのお父さんではなく治一郎……?
絵の中の男性は帽子にステッキ、羽織姿にインバネス、というのだろうか? 短いマントのような上着を着ていた。紅林邸の雰囲気によく合っていたけど、どちらかというと昔の探偵とか文豪っていう雰囲気を醸し出している。
これが治一郎というならわかる。でも雨谷さんはお父さんの思い出に絵を書いていたはずだ。そうすると、この人物がお父さんでないとおかしい、よね。
でも治一郎が雨谷さんのお父さん? 年代が離れすぎている。治一郎とすると、どうしてお父さん以外の人物を絵に書いてるの?
それになんでこのタイミングで治一郎なんだ?
お父さんか雨谷さんが治一郎に何か関係があって、雨谷さんの『やらないといけないこと』の関係者が治一郎? でも、治一郎は確か明治の頃に亡くなった建築家だ。いまさら雨谷さんが何を頼まれるというんだろう。
「ナナオさん、もし治一郎に子供とか孫とかがいて、何かを頼みたいとするとしたら、何を頼むかな」
「うーんわかんね。……けど、自分の家を自慢したりとかじゃないかなぁ? もっと見に来てくれーとかって」
ナナオさんは手振りを交えてそう語る。
誰かに見せたかったから雨谷さんは絵を描いていたのかな。でも、僕には『やらないといけないこと』があるって言って、描き終わった絵を渡したんだ。そうすると雨谷さんの『やらないといけないこと』は絵を描くことじゃない。
「トッチー、何悩んでるんだ? 私とトッチーの仲だろ? 紅林邸はアレ案件なのか? 新谷坂神社の」
いつのまにかナナオさんは僕の隣に座り込んで、心配そうに僕をのぞき込んでいた。
ナナオさんは僕が新谷坂山の封印を解いた時、一緒にいたんだ。だから全部の事情を知ってるわけではないけれど、僕が新谷坂の封印を解いたことを知っている。そして僕が封印をしなおすために、怪異を追っていることを知っている。
ナナオさんはうっかりしていなければ、結構口が堅い。なら、話してもいいのかな。
他言無用をお願いの上、かいつまんで今日までの話をした。
10日前に紅林公園で雨谷さんと初めて会った。それ以降、毎朝会ってるけれど、雨谷さんは会うたびに前日の記憶を忘れている。どうもそれは怪異のせいで、雨谷さんが忘れたがってるからのようだ。
でも昨日、紅林邸で幽霊が出るって話をしたら、急に様子がおかしくなった。さっき会ったら昨日のことは覚えていて、やらないといけないことがあるからもう会えないと言われてこの絵をもらった。
……さすがにナナオさんには雨谷さん自身が怪異だってことまでは言えなかったけど。
「その雨谷って子が自分で忘れてるんならさ、純粋にトッチーが毎回嫌われてんじゃね? そんで昨日はトッチーより幽霊の方がショックだったからトッチーのことは忘れてないとか」
「まさか?」
ナナオさんの言葉がグサリと刺さる。いつもながら容赦ない。
けど、さすがにそれはないと思いたい。
これまで雨谷さんに嫌そうにされたことはなかったし、昨日以外は毎回手を振って別れたと思う。これで毎日嫌われてたら女性不信になりそう。
「でもまー、トッチーそんな嫌われるタイプじゃないもんな、キノセイキノセイ」
ナナオさんは落ち込んだ僕の背中をたたいて慌てて言い繕う。気を使ってくれているらしい。いつも思うけどこの優しさは発言する前に発揮してほしい。
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