キーロと廃墟目的の廃墟
放課後、僕らは『ライオ・デル・ソル』でお茶をしていた。新谷坂高校から20分ほど歩いたところにある遊歩道沿いの白い壁に青いドアというさわやかな色合いの北欧風カフェでだ。店内もオーク材の色合いを残した雲形の机が広々と設置され、ところどころに観葉植物が植わっている。落ち着く雰囲気のお店で、学校からもそれなりに離れているし少しお高めのカフェだから新谷坂の学生はあんまりこない。
つまり秘密は守れそう。
珈琲を頼んで待っていると、カラカランというベルの音に続いて女性が入ってきた。
ウェーブのかかった明るい茶色の髪、白いサマーニットに萌黄色のフレアスカートの大学生くらいの女性。服は明るい色相なのに、その表情は暗かった。
「キーちゃんこっち」
ナナオさんが大きく手を振る。ナナオさんの友達っていうからなんとなく同年代だと思ってたけど、予想に反してキーちゃんさん、キーロさんは神津の大学に通う女子大生だった。
「キーちゃん、こいつトッチー。私とちょくちょく探検行くし、怖い話とか詳しいから連れてきたんだ。トッチー、こっちはキーロさん。たまに一緒に廃墟とかいく」
「よろしくね」
明るいカラーリングと廃墟がちっともつながらないけど、少し緊張した挨拶はつつがなく終了。
聞けばナナオさんも街BBSで開催される昼の廃墟オフには昔からちょくちょく参加しているそうで、そこでキーロさんと何回か出会って仲良くなったらしい。
夜はさすがに親バレするとやばいから行ってないんだって。そりゃ見ず知らずの人と外泊はまずいでしょ。
「それで、オフ会のこと詳しく話して?」
最初は初めて会う僕に緊張していたキーロさんも、ナナオさんはそんな場合じゃないだろってふうにどんどん話を聞き出していく。
キーロさんはきもだめしオフ会、通称キモオフに2カ月に一回くらいの割合で参加している。思ったよりもアクティブだ。
『でりあ』さん主催のキモオフは2回目の参加。
今回の逆城観光ホテルは前からいってみたかった場所だけど、車を持っていないキーロさんが夜に行くのは難しい。とはいえ知らない人の車に乗るのも危険。でも今回はホテルのある
キーロさんはコンビニで『でりあ』さんの車に乗せてもらってホテルに向かうことにした。21時にはキーロさん入れて8人のメンバーが集まった。
メンバーは、キーロさん、『でりあ』さん、『でりあさんの彼氏』さん(みんな彼氏さんと呼んでた)、『くまにゃん』さん、『神津ペッカー』さん、『サニー』さん、『よっち』さん、『みちとし』さんの8人。
この中で『くまにゃん』さんは何回もあったことがある人で、連絡先も知ってる仲。『でりあ』さんと『でりあさんの彼氏』さん、『よっち』さんは会うのが2回目。他の3人は初めて会った人らしい。
「メンバーって被るものなんですか?」
「えっと、被る時は被るし、被らない時は被らないかな……私は知ってるメンバーがいないとキモオフは行かないけど」
なお、キーロさん、『でりあ』さん、『くまにゃん』さん、『サニー』さんと半数が女性。
それでキーロさん達は割れたガラスに気をつけながらホテルの中に入っていった。さすがに真っ暗だったけどだいたいの人は廃虚探索に慣れていて『神津ペッカー』さん以外はみんな懐中電灯を持ってきていた。
でもホテルの廊下ってそんなに広いわけじゃなくて。8人で移動するのは大変だから、3グループにわけた。『でりあ』さんと『でりあさんの彼氏』さんが1組目、グーパーで適当に分けてキーロさんと『よっち』さんと『くまにゃん』さんが2組目、『サニー』さんと『みちとし』さんと『神津ペッカー』さんが3組目のグループ。
それで、合流のときのために『でりあさんの彼氏』さん以外の全員でLIMEグループを作って登録した。彼氏さんはでりあさんと一緒だから、ということで入っていない。LIME自体もやっていないらしい。
「キーちゃん、探検の間は変なことはなかったん?」
「『神津ペッカー』さんが男女同数だからカップルにしようってやたら言ってたけど、みんなで拒否したくらいかな。『よっち』さんも他のオフで1回あったことがあるし『くまにゃん』さんはちょくちょく会うから、なんとなく安心なグループ?」
「いや、廃墟自体のほう」
ナナオさんが苦笑いしながら水を差す。
「廃墟……暗いしガラスの破片とかたくさん落ちてた。危ないとは思ったけど、他の廃墟と比べても特におかしなところはなかったかな」
からり、と目の前のアイスコーヒーから氷がとける音が響く。
他の廃墟っていうのはわからないけど、ともかく僕は2人の会話を静かに聞いた。
「あ、でも屋上の夜景はすごく奇麗だったよ。頂上の展望台ほどじゃないけど」
逆城観光ホテルは二東山の中腹から南、神津湾に向いて建っている。眼下の海は、この辺では少し有名な白砂が長く続く神津海水浴場に繋がり、夏になればたくさんの人が泳いている。けれどもその春の終わりの広く静かな海と砂浜には月が照り返し、少し先の神津マリーナやその周辺の倉庫街からたくさんの明かりがきらめいていたそうだ。
「とても幻想的できれいだった」
少しうっとりとした表情でキーロさんは呟く。
「その逆城観光ホテルは行くと呪われるとかいう話はないんですか?」
僕の質問に2人はキョトンと顔を見合わせた。
あれ? なんか変なこといったかな。
「あの、呪いのホテルとかなら他にも呪われたとかお化けとかの情報が探せばでてくるかなって思って。それと、さっきから全然怖そうな感じじゃないし」
キーロさんは透明なグラスに水滴をきらめかせたジュースをストローでかき混ぜながら、少し考えたふうに答える。
「逆城観光ホテルはそういう噂は聞いたことないな。どちらかというと廃墟目的の廃墟なの」
「私もあんま聞いたことないぞ。ホテルで死んだ人の幽霊が出るとかいう噂自体はあるけど、調べた範囲じゃ誰か死んだっていう情報はない。それに幽霊を実際に見たっていう話も聞かないしな。噂が一人歩きしてるってやつだと思う」
甘酸っぱいジャムの乗ったクッキーをつまみながら、ナナオさんが呟く。
廃墟目的?
よくよく聞けば、廃墟にいくのは大きく分けて2つの目的があるらしい。1つは肝試しというか、お化けとかを見に呪われた廃墟に怖い思いをするためにいく廃墟。もう1つが廃墟に美しさやノスタルジーを感じる人が、それを感じるために行く廃墟。
僕やナナオさんが好きなのは最初の呪いの廃墟で、キーロさんが好きなのは後の廃墟らしい。へー、そんなのあるんだ。知らなかった。
そんなわけで、キーロさんたちは順調に廃墟を探検して何事もなく別れたそうだ。
その後、キーロさんは『腕だけ連続殺人事件』の情報を探しに街BBSをのぞいて『くまにゃん』さんの腕の写真を見つける。画像自体は消えてたけど、BBSを見せてもらった。
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