7度目の雨谷さんと僕

 昼休み。

 いつも通り学校の屋上で昼ごはんを食べながら今日の予定について考えていた。

 薄ぼんやりとかすんだ雲が青い空を吹き抜けて、次第に夏に近づいていくのを感じる。でもこの学校は山際で、新谷坂にやさか山から吹き下ろす風はまだ結構冷たい。こういった季節の隙間の中途半端な感じは結構すき。

 学校の屋上からは南方向に紅林公園が見える。紅林邸の白い建物と緑の庭園のコントラストはよく映えていた。雨谷さんの巻き戻しについてわかっていることは、ひょっとしたら原因が紅林公園周辺にあるのかもしれないってことだけ。

 どうしてこんなことになっているのか今のところさっぱりわからない。でもこの怪異が始まった原因は僕にある。


 ゴールデンウィークの最初の日、僕はこの新谷坂山のてっぺんにある新谷坂にやさか神社の封印を解いてしまった。

 新谷坂山はこの近辺の怪異を封じ込めていた霊山なんだ。封印を解いた結果、閉じ込められていた呪いや怪異、様々なものが新谷坂近辺にまき散らされた。

 それ以降、この新谷坂周辺では妖怪が出たり幽霊が出たりと怪奇現象がよく起こるようになった。僕も普通に歩いていて、よくわからない存在がチラチラと目の端っこに映り込む。

 だから僕はこの事態を収集するため、全部の怪異を拾い集めて封印しなおさないといけない。今回の怪異も僕が新谷坂の封印をといたことが原因であるなら、僕が解決しないといけないことだ。


 屋上の少し錆びた給水ポンプの上の定位置から僕を見下ろす黒猫のニヤは大昔から新谷坂を見守っていた。その身を要石として怪異を封印していた張本人でもある。ニヤは日々、このあたりで不審なことがないか見て回り、何かあれば僕に知らせてくれる。

「気にすることはないのではないかね」

 なめらかに響く低い女性の声がする。この声はニヤのものだ。といっても猫が直接人語を話しているわけじゃない。発声器官も違うし。僕が封印を解いた時、ニヤの意識が僕の意識とつながった。だからわざわざ口に出さなくとも、意思を伝えようと思えばだいたい伝わる。

 封印に対するニヤの見解は僕と少し違っていて、ニヤとしては封印が解けたままでも別にかまわないそうだ。封印するかどうかを決めるのは封印を解いた僕らしい。そんなのでいいのかなとも思うけど、ニヤは人間じゃないから考え方が根本的に違うんだろう。

 だから協力はしてくれるけれども、最終判断は僕がしないといけない。ニヤは判断するために必要な情報を色々運んできて放置する。今回もニヤは最初に僕を紅林公園に連れて行って以降は何の干渉もしようとしない。

 でも雨谷さんだけが同じ一日を繰り返し続けるのは放っとけないよ。

 だって、もしずっとこのままだったらどうなるの。20年たっても同じ時間を繰り返して、朝起きて鏡を見たら昨日まで10代だったのに30代になっていた、というのはどう考えても悲劇でしょ。

 これが僕のせいで起こっているなら、僕としては何としても解決しないといけない気持ち。


 話を戻すと、今回の話は5日前の早朝6時頃に始まった。

 ニヤが寝ぼけた僕に、着いてこい、と言ったのが発端だ。

 もそもそと服を着替え、眠い眼をこすりながら着いていく。言い忘れてたけど、僕は学校に併設された寮に住んでいる。寮を出て、新谷坂という長い長い坂道を下って遊歩道に入り、10分ほど歩いたところにある紅林公園にたどり着いた。

 どうするのかと思っていると、ニヤは止める間も無く公園裏の狭い垣根のすき間を潜り抜けて奥に入っていってしまった。正直なところこのすき間は狭すぎて、葉っぱと土ぼこりだらけになってしまったけれど、潜り抜けたら女の子が絵をかいていて声をかけたのが4日前のこと、つまり僕が認識する1回目の巻き戻しの日。

 それでここ4日間、放課後になると雨谷さんと紅林公園で待ち合わせて、どこかに出かけてから19時から21時の間に紅林公園前で別れている。

 別れる時点では雨谷さんの記憶に断絶は見られない、と思う。

 ところが僕が雨谷さんと再び会う翌朝6時半頃には、一日はリセットされている。

 巻き戻るのは21時から6時半の間だろうけど、それがいつか、そしてなぜかはわからない。


 何かきっかけがあって戻っているのか、それともきっかけがあればこのループから抜けられるのか。

 まずは安易に、どこかに行けばループが解除されるんじゃないかと考えた。要するにラノベとかゲームみたいに1日をクリアするためのチェックポイントがどこかにあるんじゃないか。そこで僕はこの4日間、雨谷さんといろいろなところに出かけた。

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