バラバラをバラバラ

 よし、と花子さんを見る。

 なんだか少し見慣れたせいか、花子さんを前よりは不気味に感じなくなっていた。

 とりあえず当たり障りのないところから始めるのがいいかな。よく見れば人のパーツだし。ちょっと傷んでるところもあるけど基本的には僕と同じだよね?

 覚悟を決めて、少し震える手を伸ばす。全体じゃなくて、パーツで見るんだ。そうすればきっと、そんなに怖くない。

 長い髪を取り除いてまとめる。崩れそうなところや中身が出てるところははなるべく手を出さずに大き目のパーツを引っこ抜く。なるべく似ているパーツは似ているパーツとまとめて置く。

 花子さんの外側にはぶらんと腕が垂れ下がってたりするけれど、内側はギチギチに絡まりくっついている。無理に引っ張ってもいいのかな。無理にやって、中の藤友君が傷ついたりしないだろうか。

「痛くない? このくらいなら引っ張っても大丈夫?」

「だ「だいじ」ぶ「ょう」」

 花子さんの思念自体は怖くない。その姿が、ちょっと、猟奇的すぎるだけで。気を紛らわすために話をしよう。

「あなたたちは藤友君は外にいるより中に入っていたほうがいいと思う?」

 腕を引っこぬく。この腕は藻が絡まっている。だからあっちと同じ塊に。

「さわら、「だい」あ、ぶつかな、「んぜ」いいう」

 安全。

 花子さんは花子さんなりに藤友君が安全な場所を作っているつもりなのかな。藤友君もぬるま湯みたいだって言ってたもんな。やっぱり花子さん自体は悪い人じゃなさそうだ。

 頭っぽいものを切り分ける。キョロリとこちらを向いた目と目が合う。一瞬ビクっとしたけど、意外とまつげが長い。そう、見るのはなるく小さい範囲で。この子はちょっとひしゃげてるから、あっちの体と同じかな。

 そうやって少しずつ分離していけば、そのたびに花子さんと繋がっている糸とは切れてしまうようで、感じ取れる意識は少なくなっていく。そこにいた何かがなくなっていくようで、少し、寂しい。あれ? 何でそんなことを思うんだろう。変だな。ともあれ、目の前のことに集中するんだ。


 花子さんに2時間程度をかけているうちに、同じようなパーツが集まった4つの山と、紐のようなものがギチギチに固まった切り分けられない部分、最も深くにあった中心部に分かれた。

 藤友君は出てこなかった。何かが入っている隙間なんてちっともない。

 けれどもGPSでは目の前にいる表示になっている。何もない空間に。

「もしもし藤友君? 花子さんは分解してみたけど、藤友君は出てこなかった。どうしよう。まさか4つに割れてないよね?」

「こちらは全く変わってないな。異次元かどこかなんだろうか。花子さんは喜んでいる」

 よかった。

 でも新谷坂山の封印とは性質が違うのかな。僕が封印に入った時は、明確に入り口があったのだけど。藤友君はどうやったら出られるんだろう。

「僕の方はバラバラにしたら花子さんの声が聞こえなくなっちゃった。そっちはどう?」

「こちらはおそらく変わりないな。だからそちらの現実とこちらの現実は切り離されている。最悪だ。アンリは他になにか言ってたか」

「えと、藤友君が出たがっているって言ったら、藤友君は嫌がってないって言ってた。あと、外に出てもやりたいことがない、とか」

 電話口で舌打ちが聞こえる。

「俺は出たい、が確かに外に出てやりたいことはないな。もっと嫌がるべきなんだろうか?」

 なんだかその独り言のような声が妙に気にかかる。

「そりゃ急に言われても、やりたいことなんて浮かばないでしょ」


 でも僕は僕のためにもこの怪異を封印しないといけない。

 そのためには藤友君には出てきてもらわないと困るんだ。藤友君ごと封印なんて、仮にできてもそんなことは無理だ。まあ封印の方法なんて知らないんだけどさ。

 あれ?

 よく考えると花子さんに感じた細い糸みたいなもの、新谷坂山との封印のつながりもどこにもなくなっちゃった。

 4体分に分けた何かからも感じない。4体のうちのどれかか全部が新谷坂山の怪異だと思ってたけど、違うのかな。

 4体はもとの人の形に戻るわけでもなく、ばらばらのままにノタノタと うごめいている。新谷坂山の封印かなにかが影響して、4体はもとに戻れないのかな。藤友君も捕まったままだし。

「藤友君、そっちは花子さんから何かが増えたり足りなくなったりしてない?」

「うん? 特に違いは感じないが……それより東矢、そろそろ寮の晩飯が終わる時間だ。一度戻ったらどうだ」

 あわててスマホを見れば、時刻は20時半を示していた。寮の食事時間は21時までだ。いつのまにかあたりはすっかり暗くなっていて、学校と寮の間の塀沿いに設置された照明灯だけがぽつりぽつりと冷たく光っている。


「もうこんな時間か。そういえば藤友君もご飯いるよね、っていうか昼ごはんも食べてないじゃん!」

「……何故だがわからないが腹は減らない。体力が落ちてる様子もない。だからこちらは気にしなくていい」

「気にしなくてって……」

 藤友君のその言葉に僕はちょっと嫌な感じがした。

 ご飯も何もいらないなら、藤友君はずっとこのまま変わらないなら。ちょっとだけ、お腹が空いて藤友君が苦しめばひょっとしたら花子さんは出してくれるんじゃないかと思ってた。

 でも状態が固定されてお腹も空かず中にいても困ることがないのなら、花子さんには藤友君を外に出す理由はない。


 えっ? そうするとずっとこのまま?

 この中で一生過ごすの? 一生ってどのくらい? だって変化しないんでしょう?

 永遠に1人ぼっち?

 まさか。

 僕は急に、ものすごく怖くなった。

 それはいくらなんでも酷すぎる。僕なんてたった3日、話しかけてくれる人がいないだけで結構凹んだのに。今話しかけられるのは僕だけだ。スマホの電池が切れたら藤友君は誰とも連絡がとれなくなる。中からは出られない。外からも探せない。藤友君を助けられる時間はもうあまりないのかもしれない。

 そんな当然のことが今まで頭に浮かんでいなかった。


『ねじれのせいで、見るものの認識を歪ませてゆく』


 僕はいつのまにか、なんとなく花子さんに肯定的になっていた。このままでも悪くないんじゃないかと思い始めていた。

 そんなはずがないじゃないか!

 この思い込みが花子さんがもたらすものなら、花子さんは思ったよりヤバい性質を持つのかもしれない。けれども僕も腹ごしらえはしないと。僕はお腹が空くんだから。

 茂みの中にそっと花子さんを隠して一旦寮に戻った。

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