荒ぶる魂の暴走

 授業中、藤友君とこっそりメールでやりとりをした。

 先生がカリカリとチョークで板書する隙を縫って、僕はペチペチとスマホを叩く。結構な緊張感。

 けれども僕は極めて存在感が薄いから、先生を含めて誰にも気が付かれない。封印の影響が初めて役に立っている気がする。

 ……全然嬉しくない。


「俺も花子さんと話した。結論として、『俺を捕まえろ』っていうアンリの命令を何とかしなきゃ、外に出れそうにない。アンリに俺が外にいたほうが面白いと思わせれば外に出られると思う。残念ながら今のところいい案が浮かばない」

「ええと、自信ないけど、どうしたらいいかな、藤友君に他に好きな人がいるとか言ってみる?」

「……無理だな。今アンリは花子さんの味方だ。その誰かとの接触を絶つために、よけい出られなくなる気がする。俺がこのままじゃ危険というのもおそらく駄目だ。花子さんは俺を守っている認識だからな。花子さんが喜びそうなことの方が通りやすいのかもしれない」

 花子さんが喜びそうなこと? うう、難しい。

 そもそも僕はコイバナに縁がない。どころか友達がほとんどいない。

「外でデートするから、とかどう?」

「花子さんは学校から出られないんだよな」

「そのはず。だって『学校の怪談』だもん」

「花子さん自身には特に今したいことはないようだ。だからアンリに直接確認されたらバレる。というか花子さんはこの状態が気に入っているみたいで、状態変化を望んでいない。お手上げだ」


 なんだかさっき手を触れた時も、楽しそうだったもんな。

 でもそうすると藤友君はずっと花子さんに閉じ込められたままになる。

 あのしゅるしゅるした糸から感じる感触からも、花子さんが僕が新谷坂山から開放した怪異だ。僕が封印を解かなければ、藤友君がこんなふうに捕まることもなかった。僕のせいだ。だから何としても藤友くんを助けなきゃ。

「そういえば、花子さんが喜びそうなことって他に何かないのかな。昨日は無理やりくっつけられて嫌みたいだったけど……たとえばバラバラになりたいとか」

「バラバラか……もう少し聞いてみる」

 言ってみて気がついたけど、花子さんは4人分ぐらいの何かが組み合わさったものだ。順番にほどいていけば藤友君はでられないかな。

 解く、解くのか、あの花子さんを。僕の記憶の中にある花子さんはまさしく化物で、そのなかでも更にアンタッチャブルな感じ。ちょっと両腕がざわざわしてきた。でも、多分花子さんが見える人なんて僕ら以外いなくて、だから僕がやるしかないんだろう。

「放課後に花子さんをバラバラにするのをちょっと試してみたい。内側ってどんなかんじ?」

「触ろうと思っても触れない。中にからのリアクションは難しいと思う。今聞いたらバラバラにはなりたいようだ」

「わかった。とりあえずまたあとで」


 午後の授業は僕の焦りなんか気にしないように淡々と進む。

 南向きの窓際の僕の席にはぽかぽかと春のうららかな日差しが差し込んでいた。

「東矢くん、ひょっとして邪魔してる?」

 放課後急いで教室を出ようとした時、眉間にシワを寄せてほっぺたを膨らませた坂崎さんが僕の席の前に立ち塞がる。

 この場合の邪魔は花子さんの邪魔ってことだよね、多分。

「してないよ!」

「なんで邪魔するの! あの子はハルくんが好きなんだよ?」

 こちらの話は全然聞いてもらえてない感。

 でも藤友君の話では、坂崎さんが藤友君を外に出そうと思えば出られるって言っていた。

「あの人が藤友君を好きなのは知ってる。でも藤友君はあの人が好きじゃない。坂崎さんは藤友君の気持ちはどうでもいいの?」

「ハルくんは嫌じゃないと思うよ? 嫌がってないでしょ?」


 ???

 坂崎さんは何を言ってるの?

「藤友君は外に出たいと思ってるよ」

「どうして?」

 どうしてって、あたりまえじゃないの?

 閉じ込められるのが好きな人がいるわけないじゃない。

「藤友君、今のままじゃしたいこともできないでしょう?」

「ハルくんにしたいことはないよ?」

「ずっと一生出られないと困るでしょう?」

「そうなの?」

 坂崎さんは少し首をかしげ、心底わからないという顔をする。藤友君が言う通り、藤友君の立場から説得するのは無理な気がしてきた。

「あの人は藤友君のこと以外に、僕に手伝ってほしいことがあるんだ。それを手伝いに行く。問題ある?」

 坂崎さんは、んんん? っと首を傾げてこりと笑った。

「わかった。それならいいよ。でも邪魔しないであげてね」

 やっぱり花子さんのための説得なら聞いてくれるのかな。どうしたらいいのかはまだ検討がつかないけど。


 坂崎さんと話してて少し遅くなったけど、花子さんは学校と寮の境目近くの木影でもぞもぞしているままだった。昼と場所が変わっていない。

 あまり動かない生き物なのかな。藤友君がいるから動けないとか?

 でもやっぱり伝わってくるのは、なんとなく幸せそうな雰囲気。

 ……ひょっとしたらそんなに悪くはないのかな。まさか。

「さっき坂崎さんとちょっと話したけど邪魔するなって言われた。正直、説得は難しい気はする。それ以前に全然話を聞いてくれない。花子さんをうまくバラバラにしたら隙間から出れないかな」

「ここがどういう空間かにもよるな。俺ももう少し花子さんと話してみる」

 始める前に少しだけ藤友君と打ち合わせしてスマホを一旦切る。電源は予備を持っているらしいけど節約しないといけない。外部との唯一の連絡手段だもんな。

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