雨谷飾の約束
朝起きた私は、お父さまとの約束と、絵を描き上げたら約束を果たそうと思っていたことを思い出す。
ふと、絵を見ると不思議な感覚があった。
私が普段見ている屋敷と庭より、数段キラキラ輝いて見えた。それに記憶より大分絵が進んでいる。寝る前に私が記憶を消したのか、よく覚えていないだけかもしれないけれど。
不思議だな、と思いながら庭に出かけると男の子に会った。
東矢くんは私をデートに誘った。
初めてのことで、私だけを見てくれている東矢くんにどきどきした。
東矢くんは私を図書館に誘った。
外に出るのは初めてで、本当は少し怖かった。
辿り着いた図書館はとても大きくてきれいで、びっくりするほどの量の本が並んでいた。
「僕も紅林邸のことを知りたいと思って」
東矢くんの言葉が嬉しかった。
私にはお父さまのことしかわからない。私は夜、暇な時には屋敷の掲示を見ながらお父さまを思い出して過ごす。だから、私が一番お父さまと屋敷に詳しいはずだ。
私は喜んで屋敷の事を話した。自分のことを聞かれるようで、なんだか嬉しかった。
東矢くんも思ったよりお父さまや屋敷のことに詳しくてびっくりした。
特に、お父さまが亡くなった後のこと、実は屋敷がぼろぼろになっていたことがあったとか。私、よく無事だったなと思う。
楽しく話をしているとき、急に、東矢くんは言った。
「紅林邸で男の人の幽霊が出るんだって。雨谷さんのお父さんだったりするのかな? 雨谷さんを見守っているのかも」
その言葉は最初、よく理解できなかった。お父様は亡くなったはずだ。私の前で。
けれども私はひよりさんの死体だ。死んでいるのに動いている。
それなら私はひょっとしてお父様の死体を蘇らせようとして、そして記憶を消してしまったのかもしれない。
その可能性は捨てきれなかった。
お父さまが……見てる……。
お父さま……。
あるいは、お父さまが幽霊になって私を見ている。私がずっと、お父さまの最後の言葉を無視し続けているのを見ている。
そう思い至った瞬間、私の中でガラガラと何かが崩れていく音が聞こえる。私は、なんていうことを。
気が付いたら、私は秘密の部屋にいた。
図書館からどうやって家に帰ったのか全くわからなかった。
あわてて部屋を出て屋敷の中を探し回ったけれど、お父さまの幽霊は見つからなかった。
お父さまは私のことを怒っているのだろうか、悲しんでいるのだろうか。お父さまは亡くなってから100年以上、ここで私が役目を放り出しているのを見ていたんだ……。
私は何てことを……。
申し訳なくて、涙がこぼれそうになった。生命活動を廃止している私にはそんな機能はないはずなのに。
急いで前と同じように薪を集めようとしたけれどこの家に薪はなかった。
途方に暮れて、傍らに置いてあった絵を見る。
絵はもうすぐ完成だ。
せめてと思って絵の中の屋敷のベランダに、なるべく幸せそうに見えるようお父さまを描き入れた。
東矢くんには迷惑をかけた。きっと今日はとてもびっくりして困らせてしまっただろう。たった一日だったけど東矢くんに会えてとてもうれしい。
そこで、書き入れたお父さまの温かい雰囲気に、あれっ? と思う。
東矢くんには初めて会った気がしなかった。ひょっとしたら、忘れているだけで、何度か東矢くんに会ったことがあるのだろうか?
絵の中のほのかに温かい雰囲気は、なんとなく東矢くんを思い出させた。
それならこの絵がこんなに素敵なのは東矢くんのおかげだろう。この絵は一緒に燃やすんじゃなくて東矢くんにお礼にプレゼントしたい。私はやっぱりこの館が好きなんだ。それに今日の迷惑もあやまりたい。
だからお父さま。あと一日だけ待って、お願い。私は約束を果たすから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます