腕の発見場所
僕は新谷坂高校の寮で暮らしている。
その日の夜もいつも通りやってきて、どうしたものかと悩みながら騒がしい寮の食堂で晩ご飯をつまんでいると、藤友君が食堂にやってきた。
藤友君は僕の友達。クラスでは隣の席。かっこいいけど取っ付きづらい感じがする。でも本当はすごく優しくていい人だ、と思う。そしてすごく運が悪いらしい。
藤友君もいろんな怪異や変なことに巻き込まれていると聞いた。だから一緒に考えてもらえないだろうかと思って。
「藤友君、相談したいことがあるんだ」
「昨日のやつか。ちょっと待ってろ」
藤友君は少しだけ目を細めて僕に尋ねる。
すごく話が早い。晩ご飯をとってきて目の前に座る。
「おばけが原因だと思うんだけどさ、手がかりが何も見つけられなくて」
今日の顛末をかいつまんで話した。
『腕だけ連続殺人事件』の被害者5人は全員肝試しオフに行ったメンバーで、全部で8人のうちの生き残っている人が3人。その1人がナナオさんの友達。その友達が狙われているなら助けたい。
でも今日オフ会で集まった廃墟に行ってみたけど何もなかった。他に8人に共通点はなくて手詰まりになっている。何かいい知恵はないかな。
藤友君は静かにご飯を食べながら相槌もうたずに黙って聞いて、僕が話し終えるとおもむろに口を開く。
「原因からアプローチして駄目なら、結果からアプローチすればどうだ」
「結果?」
「そう。殺されるっていう結果が共通している。だからその友達ってやつも、たとえばそのオフ会に行ったっていう共通項に当てはまっているから心配してるわけだ。原因から見てわからなくても、結果から見れば共通点が見えるかもしれない」
目からウロコ。結果からなんて考えもしなかった。でも。
「結果って?」
「腕が出た場所がある程度わかるなら、その共通点を調べたらどうだ? ひょっとしたら『殺して回っているやつ』のヒントがわかるかもしれない。目的はその殺人という結果を防ぐことだろう? 殺された状況に何らかの共通点があるなら、それに合致しないようにすれば避けられるかもしれない。例えば殺人現場が繁華街に限られるなら、そこを避ければ可能性は低くなるだろ」
「すごい……」
発見場所にはコンビニの駐車場とかがあるから場所では絞れなかったけれど、他の観点なら何か見つかるかもしれない。
考えもしなかった発想だ。
藤友君は眉を少しだけへの字にして呟く。
「お前、いろいろ考えるくせに結構抜けてるんだよ。ザルだ」
反論できない……。
「他に何か気がついたことがあれば教えて」
もう一度、今日見て聞いたことはなるべく詳しく全部話した。一通り聞いたあと、藤友君はやっぱりあきれ顔で言う。
「お前馬鹿だろ。最初にストラップを捨てろ。化物の気配がするんだろ? なんで持たせてるんだよ」
「あっそうか」
急いでナナオさんにメールを打つ。
その間、藤友君はしばらく静かに考え込んでいる。口元に手を当てたポーズは探偵っぽくてなんだかかっこいい。
「なぜ腕を残すんだ?」
「写真のこと?」
「写真は写真で気になる。けれどももっと根本的な話だ」
根本的?
「腕以外は見つかってない。ということは腕以外は完璧に隠せている、または何らかの方法でその他の部分を処分できているってことだ。普通、腕を隠すより体を隠すほうが大変だ。体をまとめて隠せるなら、腕だってそのまま隠せるだろう。腕って普通、肘より先の部分だろ?」
藤友君は自分の右肘から右手の先までを指し示す。
確かに『腕だけ隠せない』とは思えない。反対側の腕は隠しているんだし。
それは確かに、結果だ。
「だから犯人が腕を残すのはわざとだ。そこに何らかの意図がある。多分『腕を残す』ことに何かの意味がある」
腕を残すことの意味……。
腕、腕。必死で色々頭のなかをかきまわす。これまでは猟奇的な想像しか浮かんでいなかった。
「『くまにゃん』さんのブレスレット?」
「その『くまにゃん』は最初の被害者じゃないんだろ? そもそもブレスレット自体も特徴的で他のメンバーは持っていないわけだから、共通しない。だとするとブレスレットの有無で被害者を選んでいるわけではない、と思える。他の被害者も同様に何か特殊なアクセサリーをしていたと仮定しても『くまにゃん』のだけ残すのはおかしい」
視線をせわしなく机の上で動かしながら呟き続ける。
「写真をアップした奴が犯人だとするなら、その時点で腕は4本あるはずだ。その4本から最後に切断したものではなく、わざわざひとつ前の3本目ものを選んでアップしたのかな。その場合、腕自体に何らかの意味やメッセージ性があるのかもしれない。わからないな。それから向日葵の柄の布?」
はたと思い出した。
記者さんの話では、腕は発見時に全て布で包まれていたらしい。それにも何か意味があるのかな。BBSでも『くまにゃん』さんも4本目の腕も布で巻かれてるって書かれてたんだよね。他の腕も布で巻かれていると噂をされていたようだけど。
「それから……入手できるならグループLIMEの履歴を見せろ」
「何かわかるの?」
思わずガタリと腰を上げ、変に注目を集めたから座り直した。藤友君は少し目を閉じ、しばらくして顔を上げてまっすぐ僕を見つめる。
「お前、思い込み強いほうだろ」
「思い込み? そうかなぁ」
あんまり考えたことないけど。
「確証は持てない。間違って思い込みに足を救われても面倒だ。そうだなぁ。あとは全員の体格の情報があれば対策の参考になるのかな」
「体格? どうして」
「そのオフ会参加者の体格がいいのなら、その人間を殺せるということだ。複数犯なら意味はないから参考程度だ」
「……聞いてみる。キーロさんは165センチくらいで、ほっそりした人だった」
それから、と藤友君は言いにくそうに視線を外す。
「この前のことには感謝してる。だからなるべく力になりたいとは思ってるんだよ。けど今回はアドバイス以上のことはできない。俺はひたすら運が悪いからな。俺がでしゃばるとその友達ってやつが俺の不運に巻き込まれてかえって危険になる気がする」
この前のっていうのは花子さんたちの時のことかな。
あの時は藤友君がほとんど全部自分で解決したんだと思うけど。運が悪いって聞いてるけどそんなになのかな。
「アドバイスだけでも本当に嬉しいんだ、この間も僕は大したことできなかったし。それより藤友君すごいね。僕はそんなこと全然考えてなかった」
「……考えないと死ぬからな」
重い……。
藤友君は嫌そうに頬づえをついて遠い目をして、ふぅ、と長い息を吐く。やっぱり重い……。
「2人ともなにしてるのー?」
話に夢中になってて気が付かなかったけど、僕らの隣に坂崎さんが悪の大王のように立っていた。
「アンリ、これから飯か?」
「そうだよっ」
「じゃあ向こうで食おう。プリンやるから」
「えっほんとっ? いくいく」
藤友君はデザートだけ残ったお盆を手にとり立ち上がる。魚の骨だけ綺麗に皿の端によせられている。藤友君は食べ方が奇麗だ。
「東矢。行き詰まったら、前提をひっくり返せ。思い込みで間違うことはままある。それから何故こんなことになっているのか、理由を考えるといい」
理由?
理由は廃墟探索じゃないのかな。
「あとはそうだなぁ……リスクを取るときはそれが本当に見合うのか考えろ。これは絶対だ」
「はーやーくぅ」
「ハイハイ」
「ありがとう! 藤友君」
藤友君は軽く手を振りながら坂崎さんを別の席につれて行く。事件のことがバレないように配慮してくれたんだろう。
部屋に戻ってすぐにナナオさんに電話をかけて、さっきまでの話をした。明日は腕があった場所を探すことになった。キーロさんが被害にあわないためにはどうしたらいいんだろう。
藤友君は被害の共通点を探せという。
今のところ手がかりがあるのは3本目の『くまにゃん』さん、4本目の『でりあさんの彼氏』さん、5本目の『神津ペッカー』さん。
3本目の『くまにゃん』さんの腕の場所は、テレビで報道された映像と掲示板の写真を見た人の断片的な情報が検証されて、神津の雑居ビルの路地と特定されていた。
4本目の『でりあさんの彼氏』の腕の場所は、掲示板の書き込みから『でりあ』さんがキーロさんを拾った二東山のふもとのコンビニの駐車場だ。
5本目の『神津ペッカー』さんの腕の場所は、LIMEに助けを求めたとき位置情報を残していた。テレビで路地も映っていた。
藤友君から見せてほしいと言われたLIMEの件、ナナオさんがスクショを撮って送信しようとしていたけど、上手く行かないみたいだ。だから明日見せてもらうことにした。
それからキーロさん以外の人の体格。
今も生きている2人、『サニー』さんは155センチくらいの小柄な人。『よっち』さんは170センチくらいでとくに痩せても太ってもいなかった普通っぽい人。
亡くなった人は順番に。
最初の『みちとし』さんは170センチくらいの少し太った人。次の『でりあ』さんは160センチくらいに見えたけど、底が厚めのスニーカーをはいてたからはっきりとはわからない。1番やせてた。
3番目の『くまにゃん』さんは165センチくらいのやや細め、その次の『でりあさんの彼氏』さんは175センチくらいで大柄で結構ガタイがいい。最後の『神津ペッカー』さんは180センチくらいあったけど、男にしては線が細くて性格も軽そうな人だった、とのこと。
そうすると犯人は大柄な男性でも殺せるような存在……か。キーロさんではひとたまりもないだろう。
早速情報を藤友君にメールで飛ばす。
明日は10時半に神津駅で待ち合わせて『くまにゃん』さんの腕の発見地点から探すことになった。
◇
その日、妹は自分の代わりにオフ会にでかけた。
たまたま立ったキモオフ掲示板に初めて参加表明した。けれどもその後、抜けられない予定ができた。
どうしたものかと考えていると、妹が興味深げに話しかけてきた。
「私が代わりに行っちゃ駄目かな?」
自分も妹も怖いものが好きで、たまに深夜に車で廃墟や呪われスポット巡りをしている。
公開募集のキモオフだ。それなりに注目は集めている。妹が行くというなら勝手に行くだろうと思ってスレを見せた。
それが生きた妹を見た最後だった。
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