荒ぶる魂の襲来

 僕が新谷坂にやさか高校に入学して1ヶ月たった5月初めのこと。

 僕はゴールデンウィークの始めに新谷坂山の怪異の封印を解き、引き換えに自分を半分以上封印することになった。だから僕は全てを元に戻すため、逃げた怪異を追っている。

 その顛末はまた今度にするとして、僕が半分怪異の世界に足をつっこんでいくつか変わってしまったことがある。

 僕は封印と繋がった関係か、お化けが見えるようになっていた。今も足元で小さな何かよくわからないものが走り回っている。小人? 妖精? 踏みそうだけれど大丈夫かな。

 それから僕の部屋にはニヤが住みついている。ニヤというのは黒猫の姿をした新谷坂山の封印のふたで、僕が怪異を封印するのを手伝ってくれるそうだ。普段は黒猫の姿だけど、それには限らないみたい。時には小さな人形のような姿になって、彷徨いている。


 僕の毎日の生活は、起きて寮の食堂に行き、学校の用意をして登校することから始まる。今日はゴールデンウィークがあけて学校が始まってから3日目。同級生のみんなはゴールデンウィークに何をしたかっていう話題でわいわい盛り上がっていたころ。

 僕は自分が封印されていることを十分に実感できていた。これが最大の変化だ。変化でもないのかな、もともとのような気がするけど。


 封印された分だけ僕の存在は希薄になった。

 僕が封印を解いた時に一緒にいた末井まついななおさん以外、4月の間はたまに話しかけてきた同級生は全く話しかけてこなくなり、僕が話しかけても華麗にスルーされてしまう。授業で生徒を順番にあてる先生も僕をスルーし、そしてスルーしていることに誰も気づかない。教室を照らすぽかぽかとした日差しと対照に、僕はかなり落ち込んでいた。

 僕はこのまま一生1人なの?

 そんなある意味平和なそして退屈で寂しさ溢れる日々は、3日目のお昼休みに唐突に崩れ去った。


「ねぇあなた『面白そう』ね! 名前はなんていうんだっけ」

 ちょうど昼ご飯から教室に帰ってきたときのこと。

 同じクラスなのは知っていたけどこれまで話したことのない女子が突然僕に話しかけてきた。

 その子は確か、坂崎安離さかざきあんりさん。僕と同じ転入組で小柄なとても可愛い子。灰茶色のボブヘアに蝶の羽の形をした髪飾りをつけている。少したれ目でつんと上がった鼻筋、ふるふるとした唇、小動物のような動き。クラスの男子がかわいいと騒ぐのも納得の、いわゆる美少女。

「えっと、僕は東矢一人とうやひとり。坂崎さんだっけ?」

「そうそう、アンリって呼んでっ」

 坂崎さんは語尾にハートがつきそうなかわいい感じでにこりと微笑み、小首をかしげてから僕の周りを見回す。


「ふうん? このへん、なんか変な感じ。ねぇ、面白いことない?」

「えっ? 面白いことっていわれても……」

 急な質問に混乱する。

 そして隣から聞こえた声に僕はもっと混乱した。

「おいアンリ、それじゃ意味わかんねぇだろ」

 びっくりして隣の席を見る。藤友君が頬杖をついてこちらをぼんやり眺めていた。

 僕の隣の席は藤友晴希ふじともはるき君。視線が鋭くて精悍な顔立ちをしている。全体にさりげなくお洒落で、アップバングっていうのかな、前髪を上げてクシャッとさせてサイドと襟足を短くした髪型の人。新学期始まってすぐによろしくと挨拶したっきり、隣なのにこれまで話をしたことはない。なんだか近寄りがたい雰囲気があったし。

 ここ3日間で僕に話しかける人はナナオさん以外全くいなかった。なのに急にこれまで話したこともない2人に話しかけられて、とても驚いた。


「東矢だっけ。こいつは面白いことが好きなんだ。何か用があって話しかけてるわけじゃない。狂ってるから無視しとけ」

 えぇ?

 狂ってるって。無視しろっていわれてもな……。

 坂崎さんはキラキラした目で僕をみている。

「ええと、今は特に、面白いことはない、かな」

「えー」

 坂崎さんは小さくそうつぶやいて、ものすごく残念そうに眉根をよせた。どうしたらいいかわからなくて思わず藤友君の方を見る。藤友君は巻き込むなという感じでフィと視線を逸らした。

「えっとじゃあ、東矢君の好きなものはなにかな?」

 坂崎さんは全然めげない。

 なんだかわけのわからない問答だなと思いながらも僕はドツボにはまる。

「好きなもの、怖い話……とか?」


 僕は好きなもの、というより今一番気になっていることを考えなしに口に出した。

 とたんに坂崎さんの表情はパァと明るくなる。藤友君は左眉を軽く上げ、やっちまったなこいつ、という感じで僕を見た。藤友君、顔のパーツはちょっとしか動かないのに、何故だか表情がよみやすい。

「いいね! じゃあ、放課後までに『考えて』くるから待ってて」

 坂崎さんは語尾にハートマークをつけながら来た時と同じように突然去っていった。

 ???

 なんだったんだ?

「……あー、見事に巻き込まれたな。」

 隣の藤友君は僕を可哀そうなものを見る目で僕を見つめる。

 その時ちょうどチャイムが鳴って、お昼休みの会話は終了。正直、何が何だかさっぱりわからなかった。


「あのさ、東矢」

 その後、放課後のチャイムが鳴ると藤友君が真面目な顔で話しかけてきた。

 えっ僕に話しかけるの?

 すごい。この無人の3日は一体なんだったんだ?

「一応忠告しとく。アンリには何を言っても無駄だ。なるべく大人しくして、不用意な発言は避けたほうがいい」

 意味が分からない時間は継続中だった。

 何そのアドバイス。坂崎さんってなんなの? 猛獣かなんかなの?

 ポカンとしていると、ざわめく教室を突っ切って坂崎さんがノシノシやってきて、花咲くような満面の笑みで口を開く。

「東矢くん、私考えたよ! 今晩七不思議を探そう?」

「…………だそうだ」

 藤友君はヤレヤレ、という顔でうなずいた。

 えっと。意味がわからないんだけど。

 僕はたぶん、随分間抜けな顔で二人をぽかんと眺めていたに違いない。


 坂崎さんは藤友君の前の席の椅子を引いて座り、二人は僕の返事も待たずに僕そっちのけで計画をどんどん立てていく。坂崎さんが見に行きたい怪談について話す。

「夜中に屋上から下を見下ろしたら、飛び降り自殺した子の死体が見えるんだって」

「危ない、落ちたらどうする」

「んと、夜中のプールの底にある藻に霊がとり憑いていて泳ぐとからまって溺れるって聞いたよ?」

「足がつって本当に溺れたらどうするんだ」

 坂崎さんが持ってきた噂は僕も初耳のものばかり。休み時間に急いで友達から聞き集めてきたみたい。

 それを藤友君が危ない、暗い、汚れるとかバッサバッサ切り捨てていく。それで最終的にはなぜか『トイレの花子さん』が残って、坂崎さんは満足そうに微笑んだ。

 僕はというと発言も何もしないまま、ただ20分が経過するのを見守っていた。


「あの、それ僕も行くんですか?」

「何言ってるの?」

 びくびくしながら問いかけると、坂崎さんは驚いた顔でこちらを見た。

 藤友君は軽く首を左右に振りながら答える。

「……一応は善処した。たぶんこれが1番危なくないだろう。東矢、あきらめろ」

「せっかく東矢くんのために考えたのにー」

 どうしよう。この2人がなにを言ってるのか本当にわからない……。そんなわけのわからないことき巻き込まれるのはちょっとどうかと思って僅かな抵抗を試みる。


「でも、僕は寮だから夜は出られないんだ。管理人さんが見てるから」

「大丈夫だ、なんとかなる。俺もアンリも寮住まいだ。無視するとこいつは部屋まで迎えに行く。諦めろ」

 僕の抵抗はなんの意味もなさなくて、今晩夜がふけてから学校に忍び込むことになった。

 僕の意見は聞き入れられないどころか、聞かれもしなかった。僕ってそんなに押しが弱いかな……?

 坂崎さんは話が終わるとうきうき楽しそうに席を立つ。藤友君も立ち上がり、窓から差し込む西陽に少しまぶしそうに目をすがめ、また後でといってポケットに軽く手を入れながら、なんだか格好良く立ち去った。

 藤友君は座っている時の目線は僕と大して変わらないのに、立ち上がると10センチくらい僕より背が高い気がする。

 ……なんかズルい。

 こうして僕は西陽差し込む教室にぽつんと一人、とり残された。

 なんで僕は初めて話した同級生と真夜中に学校探検をすることになったんだ?

 友達が……できたのかな?

 生まれてから、こんなにわけがわからないことは初めてかもしれない。

 寮で晩ご飯を食べた後、時間までの暇つぶしに今日初めて話した2人のことを考えた。


 坂崎さん。

 とてもかわいい子だったけれど全然話が通じなかった。心底意味がわからない。一緒に行くなら普通は一応、僕の意思は聞いてくるものでしょう? なのに気にかけるそぶりもなかった。

 お化けだったもう少し普通に会話ができたのに。坂崎さんとは会話ができそううにないという妙な確信がある。この会話のつながらなさは正直怖い。どう対応していいのか全然わからない。

 ……狂ってる?

 藤友君。

 これまで話したことなかったし、他のクラスメイトともあまり話した所を見た事がなかったから、あまり人付き合いをしない人だと思っていた。けれども悪い人じゃないのかもしれない。よく考えると屋上やプールよりトイレの方が安全なのは間違いないもん。坂崎さんと比べてだけど、段違いに僕のことを気遣ってくれていた気がする。

 二人はいつもこうなのかな。

 なんだか狐につままれた気分。

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