僕の後悔

 僕は今日のことをものすごく後悔していた。どん底とはこのことだ。

 自室のベッドで頭をかかえながら自己嫌悪に陥る。

 はぁ、本当、どこで間違ったんだろう?

 胃が……すごく痛い。しくしくする。

 明日はむしろ巻き戻ってほしい。巻き戻っていないと合わせる顔がないよ。


 ニヤは僕の部屋の定位置、ベッド脇のオレンジ色の座布団の上に横たわってしっぽをパタパタさせていた。

 恐怖や、他の様々な感情から怪異が生じることもある。都市伝説なんかはその典型。だからニヤは人の感情が匂いとしてなんとなくわかるらしい。ニヤは新谷坂で生じた痛ましい匂いや苦しい匂いなんかをたどって僕を怪異のもとに案内する。

「ニヤ、雨谷さんはお父さんのことが好きだよね?」

「そうだな」

 もう一度目を閉じる。

 さっきの雨谷さんを思い浮かべる。


『紅林邸で男の人の幽霊が出るんだって。雨谷さんのお父さんだったりするのかな? 雨谷さんを見守っているのかも』


 雨谷さんの様子が変わったのは『お父さん』が『見守っている』というところだった気がする。

 お父さんが見守るのが怖いの? まさかDVを受けていたとか。でも雨谷さんはお父さんのことをすごく好きそうだった。好きだけど怖がっている?

「ニヤ、雨谷さんはお父さんが怖いのかな? お父さんに虐待されていたとか」

 ニヤはごろごろと座布団に顔を伏せる。

「……我にはよくわからぬが、アマガイに恐れの感情はないように思う。どちらかといえばあの感情は……お主がたまに抱いている『義務感』というものに近しいだろうか?」

「義務感?」

「ああ、我には不要なものに思われるがな」


 僕が義務感を感じるのは、新谷坂の封印のことだ。僕が新谷坂の封印を解いたからこそこの近辺に呪いや怪異が拡散し、つまり今、雨谷さんの時間を繰り返させている。つまり、全部僕のせい。今も雨谷さんを助けたいという気持ちの半分くらいは、僕が拡散した呪いをなんとかしなきゃいけないという義務感が占めていると思う。

 義務ということは、雨谷さんはしないといけないことがある?

 絵を描くこと? 絵は描いているよね? 僕が話しかけたから絵を描く時間が減ったとか?

 でもこういってはなんだけど、誘って断られたことはない。


「アマガイは我と同じく役目のある傀儡だ。それが好きでやっていることだ。気にすることはないのではないかね?」

「役目のある傀儡って?」

「我は新谷坂の封印を守るためのフタである」

 ニヤの話はわかりづらい。

 ニヤの役目は新谷坂の怪異の封印だけど、ニヤ自身は怪異が封印されようとされまいとどちらでもかまわないらしい。封印するものがあれば封印するし、なければしない。その役目を放棄してはいないけれど、積極的には義務を果たさないってことになるのかな。

 でも雨谷さんの義務って何だろう。それはわからないけど、そもそも僕と雨谷さんは事情が違う。

 ニヤは雨谷さん自身が巻き戻しを望んでいるって言っていた。けれども僕が新谷坂の封印を解いたことが関係ないはずがないんだ。ひょっとしたらループしているせいで、何かの役目が果たせてないのかもしれない。

 そんな中で勝手に雨谷さんの事情に押し入って、知りもしないのに一方的に傷つけてしまった。やっぱり放っておくわけにはいかないよ。


 でも考えても考えても、いい考えは全然浮かばなかった。

 だんだん重くなってきた頭としくしく痛む胃を抑えながらとりあえず眠ることにした。

 リモコンでピッと部屋のライトを消すと、黒猫のニヤはすっかり見えなくなった。けれども静かな息遣いは感じる。僕もゆっくりまぶたを閉じた。

 その日、雨谷さんとお父さんがベンチでお弁当を食べている夢を見た。雨谷さんのお父さんはとても満足そうにしていたけど、雨谷さんは嬉しそうにしながらもどこか少し遠い目をしていたように思う。

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