新谷坂町怪異譚 〜君と歩いた、ぼくらの怪談
Tempp @ぷかぷか
1章 新谷坂高校の怪談 ~恋する花子さん~
序詞 不幸な俺の日常
扉絵:https://kakuyomu.jp/users/Tempp/news/16817330650655280704
四月。
俺は
買ったばかりのスマホの電池が、画面を覗く度に切れている。もちろん充電は欠かさないし、再起動すれば電池はちゃんと残っている。
「お客様の症状は初期不良と考えられます。誠に申し訳有りません。交換対応となりますので、ご自宅に交換品をお送りするか、最寄りのショップにお立ち寄り頂き受け取る方法がございますが、どちらがよろしいでしょうか」
昼休みに診断アプリを試してカスタマーセンタに確認した結果、事務的な声でバッテリー不良と言われた。郵送対応では届かない可能性がある。その間スマホが使えないと困る。俺の周りには狂気的なLIME魔がいる。未読スルーしたら部屋まで押しかけてくる、それが目に見えていた。だから30分ほどかけてでも、電車で辻切中央まで行って交換するほうがいい。
「店に行きます。今予約できますか?」
「ありがとうございます。念のため、お名前を再度確認させて頂いて宜しいでしょうか?」
「
そんなわけで、俺は電車で
夕暮れの中、がたごと電車は進む。先ほどまでぼんやりと眺めていた車窓にはなだらかに黒土が続き、夕陽がその凹凸を柔らかく目立たせている。
それにしても初期不良では防ぎようがない。不運はいつものことすぎて、最早ため息も出ない。
俺は運が悪い。それもひたすらに悪いんだ。新学期早々ケチがついたが今更だ。不運はいつも俺の傍にある。
そう思って、さきほどからオレンジ色に照らされた自分の手のひらの皺をぼんやり見つめていた。新しい不運が俺を訪ねてきていたからだ。
何故だか向かいの席の小学校高学年くらいの男子にずっと睨まれている。顔に見覚えはない。そもそも引っ越してまだ一週間ほどだ。このあたりに知り合いはいない、はずだ。
その男子は俺が電車に乗った後、2つ前の駅から乗ってきて、以降俺を睨んでいる。だから例えばぶつかって恨まれた、というような単純な理由でもなさそうだ。
なるべく顔を合わさないようしよう。どうせ次が目的の辻切中央だ。関わらないのが一番だ。
手のひらにさっと影がさす。
顔を上げると向かいに座っていたはずの男子が目の前に立っていた。
拳を硬く握りしめ、今にも俺を刺し殺さんばかりの憎悪を込めた眼で、俺をにらみつけている。そして変声前特有のよく通る少し高い声が怒りに任せて車内に響き渡る。
「姉さんを返せ」
「は?」
「あんた、先月姉さんを殴ったんだろ!」
車内がざわめき、視線が一斉に俺を向く。まずい、まずいぞ。
「濡れ衣だ。俺は今月引っ越してきたばかりだ!」
大声でそう叫んだ瞬間、電車がガタリと大きく揺れた。駅。ドアが開く刹那、その腕を掴んで電車から引きずり下ろす。抵抗されたが知ったこっちゃない。俺たちが降りるのと引き換えに人混みが車内になだれ込み、やがて電車は発車した。
先程の車内の、あたかも強姦魔でも見るような視線はやばかった。ターミナル駅に向かう夕方の車内はおおよその席は埋まっていているけれど、隣の車両も見える程度にはぽつぽつ立っている人もいる、という絶妙な視認性を有していた。
変な噂にならないだろうな。いや、なるんだろうな。俺は運が悪いから。
畜生。胃が痛い。けれども現況を考察する。ここで下手を打てば、俺の平穏な暮らしが終わる。だからなんとしてもその結果を回避したい。
電車から降りた途端に俺の腕を振り払った男子は、未だ憤懣やる方ないという表情で俺を睨みつけている。けれどもやはり、見覚えはない。
「何すんだよ」
「それはこっちのセリフだ。俺はこの四月に引っ越してきたばかりだ」
「嘘だ!」
「本当だ。これを見ろ。新谷坂の寮に住んでる。先月なら俺じゃない」
少年から目を離さず、懐から出した学生証を示す。一年と寮生いう表示を指で示す。滲み出ていた敵意と信じないという決意は次第に消沈していき、しばらく呆然として、急に元気を失い小さくなった。
「あ……。ごめんなさいっ」
ようやく一息つく。出た呼気は苦かった。
酷い言いがかりだ、全く。
睨まれていることに気付いた時点で、とっとと引き返したほうが良かっただろうか。いや、どのみちすでに電車の中だ。手遅れだろう。
時間の余裕を持って出てよかった。帰宅時間でざわつくホームで、ベンチに腰を落ち着ける。電車を待つ人の列を眺めながら、事情を聞きだすことにする。知らない間にわけのわからない噂をばらまかれるのが一番困るからな。
問題が発生したときの鉄則は芽が小さいうちに摘め、だ。
彼には今年小学校五年生で中学二年のお姉さんがいる。
そのお姉さんが先月中頃、家の近くで誰かに襲われて今も意識不明らしい。それでお姉さんが殴られたところを友人が見ていた。犯人の特徴は、新谷坂の制服を着て身長175センチ程度、中肉中背、左の額に傷がある。
よく気付いたものだ。傷は髪で隠しているのに。俺には耳の上から額の中心くらいまで伸びる長い古傷がある。
ともあれ俺が新谷坂の制服を着るようになったのはこの四月からだ。無関係なのは自明の理。どこかから難癖をつけられても、客観的に無罪を証明できるだろう。珍しく幸運だ。逃げ道があることにほっと胸を撫で下ろす。
それに少年の家は住宅街で、特に用事がなければ立ち寄るような場所ではないように思われた。行った覚えもないし、今のところ行く用事もない。だから間違えられてトラブルになる可能性も少なさそうか。
それに条件がこれだけなら俺とは似ても似つかない奴の可能性は高い。むしろこれだけの条件でよく俺に声かけてきたな。小学生恐るべし。
「そもそも自宅近くで襲われたんなら、地元の人間じゃないのか?」
けれども少年は首を振る。
「姉ちゃんの友人も初めてみた顔って言ってた」
物証はなく、その友人の目撃情報しかないそうだ。警察もお手上げだな。そうか、じゃあな、と別れるには何となく後味が悪かった。
だが俺にできることは何もない。
「学校でそんな奴を見かけたら連絡するよ。まぁ期待はするな」
連絡先をどうするかと思っていたらスマホを持っていたので連絡先を登録する。俺のスマホの電池はなんとか保っている。報告できるとは思えないが、友好関係に立つのが都合がいい。
その後、携帯ショップには時間通りに辿り着けたが、何故か予約がされておらず無駄に待たされた。こういう小さな不運もいつものことだ。念のため、家電量販店で予備に外付けバッテリーも2本買っておく。金ですむなら出費に躊躇いはない。金がないな、何がバイトを入れなければ。
帰りがけに酔っ払いに絡まれかけて走って逃げ、電車が事故で遅れて寮に帰り着いたのは夕食時間が終わった後だった。そう予想したから途中のコンビニで弁当を買ってきた。ますます金がない。新学期は何かと金がかかる。
今日もいつも通り運が悪かった。
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