第47話:甘泥の世界

「ショウ様のご帰還! 大陸を制覇されたショウ様のご帰還である!」


 黄金色に輝く国の門が開き、何万という軍勢を迎え入れる。

 それと同時に大勢の熱狂的な歓声が国中に響き渡った。

 軍勢は荘厳な装備に身を包み、規律よく国の大通りを闊歩する。

 その先頭を歩くのはこの大軍を率いるショウであった。


「ショウ様、ありがとうございます! 貴方様の発明で村が救われました!」

「おぉ、ショウ様! 魔物の群れを殲滅してくださったおかげで息子が助かりました!」


 他にも大勢の人々がショウの功績を称え、口々に称賛の言葉を投げかけ、素顔の彼は満面の笑みで手を振る民を見ていた。


 そしてそのままショウが城の中に入ると、歓待の用意がなされていた。


「おかえりなさいませ、ショウ様!」

「ショウ様! 寂しかったです!」

「わたくしもですわ!」

「もう、皆さん! ショウ様はお疲れですのよ?」


 門の横にずらりと並ぶ美女達は、今までショウが今まで集めてきた奴隷達であった。

 ある者は誘拐されたところを、またある者は悪漢に買われそうになったところを救われた者たちである。


「クハハハハ! あとでまとめて相手してやるから我慢しなァ」


 ショウは自分を取り合う美少女達の頭を優しく撫でてから、玉座の間に入る。

 壁際には今まで彼が討伐してきた伝説の魔物やドラゴン、他にも古代のアーティファクトや美術品が飾られていた。


「あぁ~、やっと帰って来たって実感がしてきたぜェ」


 ショウが玉座の横にある席に座ると奴隷の女達がすぐさま目の前に大きなテーブルを用意し、フルーツやデザートを並べる。

 そしてそれに手をつけようとしたところで彼の弟がやってきた。


「にいさま、おかえり、なさい!」

「おぉ、今帰ったぞ。 ユーエルにも土産だ、おらよ」

「やったぁー! にいさま、だいすき!」


 そう言ってショウは弟に太陽のように輝く緋色の短剣を渡すと、駆け回るほどに喜びショウもそれを見て笑っていた。


 ここはショウにとっての理想。

 後悔も、懺悔も、罪も罰も及ばないユートピア。

 彼が望むものが全てある、満ち溢れた世界であった。


「クハハハハハッ!」


 比類なきその名を称えられ、輝けるその名誉を称賛され、この世の全てを手に入れたといっても過言ではなかったショウの高笑いが響き渡る。

 そして彼の最後の未練がやってきた。


「いや~、流石は我が息子だ。 私にはできない数々の偉業を成し遂げてみせたね」

「ハハハ――――は?」


 妻と共に軽やかな足取りでやってきたショウ王14世は、歓喜の顔で我が子を称えてみせるが、ショウの表情は消えてしまった。


「―――他に放蕩息子に言うこたぁないのか?」

「お前は私の誇りだよ」

「フ……ク……ハハ、ハハハハハハ!」


 ショウ王14世の言葉を受け、ショウは先ほどよりも大きく笑う。


「ヒャヒャヒャヒャヒーッヒッヒッヒッ!」


 まるで狂ったかのように笑い転げ、テーブルにあるデザートを一口食べる。


「甘え、本当に甘えなぁ! これ以上ないくれェに甘くて――――反吐が出やがる」


 そう言って彼はテーブルを蹴り飛ばし、怯んだ父親の顔を掴む。

 ショウにとって王の死は特別なものである。

 だからこの理想の世界はそれを消してみせた。

 そして、それがショウにとっての逆鱗であったのだ。


 彼は自らのやったことに関しては必ず責任を持つ男だ。

 戦いとなればどんな相手であろうとも勝てる力を持ちながら、守れなかった未練が王の死であり、取り戻すことの出来ない過ちである。

 それを忘れて夢の中に逃げられるほど、この男は器用ではないのだ。


「俺はまだ何も成し遂げられてねェ! なのに親父殿が私の誇りだなんてのたまうわけねぇだろうがァ!!」


 そして彼はそのまま頭蓋骨ごと握り潰してしまった。

 薄汚い血で汚れた血をテーブルクロスで拭くが、そんな状況でありながらも悲鳴のひとつも出てこない。

 周囲の人間達は、ただ彼を崇拝するような目を向けていた。


「あぁ気に入らねえ、気に入らねぇぞ。 こんなところに閉じ込めといて安全だと思ったか? ならこの国をぶっ壊してやろうじゃねぇか!」


 そうしてショウは自らが手に入れた名声も、富も、奴隷も、そして国すらも破壊してみせた。

 後に残ったものは理想だったものの残骸である。


「ここまでやってもまだ出られねぇのか。 しょうがねえ、国じゃなくて世界ごと滅ぼしてやるか」


 聞く者によっては魔王のような台詞だが、彼は本気である。

 その思いに応えたのか、腰に差していた聖剣の鞘が輝き始めた。

 不審に思いながらも剣を抜くと、折れたはずの刀身が繋がり光輝に満ちていた。


「もしかしてだが……」


 ショウが聖剣を軽く振るうと、シンデレラがやったように空間に亀裂が発生した。


 聖剣の能力は本質を斬ることである。

 この理想の世界が虚構であることを知るショウが振るうことで、その本質を斬ったのだ。


「よく分からんが聖剣の力ってことにしとくかオラァ!」


 今度は本気で聖剣を振るう。

 まるで薄い膜のように空間が切り裂かれ、何かの絶叫が隙間から聞こえてきた。

 そしてその隙間から身体を出すと、目の前にボロボロになっていたキリエがいた。

 

 片やガラスの靴によって理想になったばかりのキリエ。

 片や数百年もの間、理想を磨き凶器となったシンデレラ。

 理想であり続けた経験がキリエを追い詰めていたのだ。


「お、王子ぃ!?」

「なんてテメェがこんなとこに―――」


 そこでようやくショウは自分のいる場所に気付いた。

 シンデレラの腹部、その中身こそが理想の世界だったのだと。


「よぉ、ご機嫌なところに招待してくれて楽しかったぜクソ野郎ォ!」

「■■■■■■■■!?」


 ショウが腹部からそのまま顔を聖剣で貫くと、シンデレラはまるでオペラも真っ青な悲鳴をあげて怯んだ。

 そしてキリエがその隙をついて、もう1つのガラスの靴を履いている足を蹴り斬る。

 シンデレラの妄執は、そのまま断末魔をあげながらも徐々に風化していき、塵すら残らずに消えてしまった。

 残ったのは廃墟に佇む王子とシンデレラであった。


 そこでキリエはようやく自分の身体がどうなっているのか自覚した。

 切り落としたはずの尻尾が元に戻っており、胸が膨らみ、女性らしい姿へと成っていたのだ。


「お、王子ぃ! 見ないでくださぁい!」

「あぁん?」


 だがショウはそんなこと一切気付いていない。

 ショウにとってキリエは奴隷である。

 自分の側にいる身近な存在でありすぎるが故に、身体つきが多少変わった程度では気にも留めないからだ。


 そこへシンデレラとの一騎打ちをしていたキリエへの援護に来たタイロックがやってくる。


 もちろんョウの奴隷であり護衛でもある彼は敏感であるが故に、キリエの体臭や肉体の変化にしっかり気付いていた。


「おう、遅かったな。 なんかこの馬鹿がくねくねしてんだが何かあったのか?」

「………ショウ様、キリエ、よく見る」

「タイロックぅ!?」


 キリエが驚愕してさらに距離を取ろうとするがショウはキリエをまじまじと観察する。


「なるほど、そういうことか。 ブーツ失くして歩けねぇのかよ。 テメェは裸足でいいだろ、キリエに片方貸してやれ」

「違う、そうじゃない」

「あぁ? まぁお前のブーツは足どころか頭も入るくれぇでけぇからな」


 タイロックの忠告も虚しく、ショウはキリエの変化に一切気付いていない。

 今まで他人を思いやるということを一切してこなかった男だ、それも仕方が無いだろう。


「ここら辺になんかねぇか? オイ、テメェも探せ」


 ショウはそう言って瓦礫を崩して靴の代わりになりそうなものを探す。

 タイロックは大きな溜息をつき、キリエは安堵しながらも複雑な気持ちで苦笑いした。


「おっ、ちょうどいいもんあるじゃねぇか。 片方入ってんならこれも入んだろ」


 そう言ってショウが地面に落ちていたガラスの靴を持ってきた。


「お、王子ぃ!? それはちょっと―――」

「うるせぇ暴れんな! ってか今は王子じゃねぇつっただろうが!」


 逃げようとするキリエだったが、後ろで口端を持ち上げているタイロックにぶつかり退路は塞がれていた。


 キリエが一生懸命に手と顔を横に振って拒絶しようとするが、ショウに勝てるはずもなく、キリエの足にガラスの靴がはめられた。


「おっ、やっぱりピッタリじゃねぇか。 取り敢えず新しいの買うまでこれで我慢しとけ」

「ふわぁ~………きゅぅ」


 あまりの恥ずかしさで顔を真っ赤にしたキリエは、まるで眠り姫のようにそのまま意識を失ってしまった。

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