第35話:沈殿ブツ
「ところで王子、なんであっしまでここにいるんでしょうか」
「テメェの話が嘘だった時にブチのめす為だよ」
海流に乗ってクリフォト大陸へと向かっている最中だが、まぁ暇である。
「おいキリエ、それなんだ?」
「えっとぉ、あっちで頂いた勇者遍歴記ですぅ。 もしかしたら役に立つことがあるかもって思ってぇ」
「ちょっと俺にも見せてみろ」
キリエが開いているページを覗き込むと、ちょうどこの海域について書かれていた。
「昔はこんなに荒れてなかった代わりにボスクラスの魔物がいたみたいでぇ、剣や矢で傷つくと皮膚がそれ以上に堅くなったみたいですぅ」
「攻撃に耐性がつくタイプか、初撃で殺せばないのと同じだな」
まぁボスといったところでその程度だろう。
他にもなにか面白いものがないか探そうとしたが、違和感を察知した。
俺だけじゃなくタイロックも気付いたようで、耳を動かしている。
「おい密売人、ここに魔物は出んのか?」
「へぇ? いやいや、こんな海底に出るわけないじゃないですか。 私だってここを何十往復してますけど襲われたことなんて一度も―――」
何かの振動が伝わってきた。
岩礁や魚にぶつかったとかではない。
これは……大きな生き物の鼓動。
バルーンの中の光が外にある何かの影を浮かび上がらせた。
「ゲヒイイイイィィ!!」
「うるせぇ響くから黙ってろ!」
叫ぶ男をはたいて黙らせようとするが諦めない。
「逃げましょう! 勝てるわけがない!」
「海の底のど真ん中でどう逃げんだよ」
文字通り袋のネズミという状態で海流に流されているのだ、手も足もでない。
というか下手に出たらどうなるか分かったもんじゃねえ。
「おいキリエ、こいつに弱点とかねぇのか!?」
「えっとぉ、本には堅くなるほど重くなるって書いてあってぇ、それで切り傷に剣をねじ込んでもの凄く重くして海に沈めて難を逃れたらしぃですぅ!」
「今まさにそのせいで襲われてんだがなァ!!」
というかここらの海域が荒れてるのもこいつが暴れてるからじゃねぇのか。
とはいえ、傷つき耐性がつくほど重くなるってのは攻略ヒントとしちゃあ十分すぎる。
さぁて、先ほどからこのバルーンをボールみてぇに追い回して遊んでるクソボスに理科を体験させてやる。
≪クロガネの理よ、対となる同属をその身から遠ざけ給え≫
呪文を唱えた、俺は【投擲】のスキルで威力を上げたナイフを放つ。
先ほどまの激しい攻撃が止み、気配が遠ざかる。
バルーンに穴が空いたものの、すぐさまタイロックが塞いだので問題ない。
「うわぁぁあああ! 攻撃したら海水が入ってきて沈む、しなかったら食われる、もう終わりだ、死ぬんだぁぁあああ!!」
「やかましい! 黙ってみてろ!」
相も変わらず騒ぐ男をぶっ叩いて静かにさせる。
しばらくするとまた後ろから大きな鼓動が迫る。。
しかしその鼓動は一定の距離を保ったまま近づいてこない。
「さっき呪文は磁力を発生させるもんだ。 バルーン本体にN極、ナイフにつけたバルーンの切れ端にゃS極。 だから近づけば近づくほど離れていくってやつだ」
さらに近づくほどに刺さったナイフが体の奥深くまでめり込んでいき、そのせいで耐性を獲得して重量が上がり速度が落ちる。
遠距離攻撃があれば話は別だが、それがないのは勇者遍歴記で証明されている。
そしてしばらくした後、急にバルーンが上昇し始めたのが体感できた。
どうやら海流に乗りながらボスがグイグイと押してくることもで一気にクリフォト大陸の上昇海流まで到達したようだ。
とはいえ問題もある、まだボスが追ってきていることだ。
いや、よく考えれば問題でもなんでもなかったな。
加速する上昇海流に乗り、バルーンは海面を突き抜けて一気に上空へ飛び出す。
そしてそれを丸呑みにしようとボスまで海上へ出てきた。
「馬鹿がッ! 海中ならまだしも地上に出ればテメェはただの魚類でしかねぇんだよッ!!」
俺は上空で剣を抜き、【剣技】【身体強化】【曲芸】のスキルを発動させる。
束ねられた3つのスキルによって威力が乗算された斬撃はマヌケに大口を開けていたボスを真っ二つに切り裂いた。
まな板の上の鯉のようにさばかれたボスはしばらく痙攣したものの、すぐに動かなくなった。
そして――――。
「おい、マジかよ」
さばいた包丁もとい、聖剣がポッキリと折れていた。
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