第44話:亡国のシンデレラ

 山越えを終えて数日、遂に亡国ツァーカムが見えてきた。

 灰色だった大地を赤色に染め上げ、さながら真紅の絨毯みてぇになっている。


「大勢の出迎えがあったからほとんど殺ってやったのに、チート持ちは一人もいなかったな」


 本拠地を防衛していたであろう信者のクソ共が大群で道を塞いでいたので丁寧にブチ殺していたのだが、途中から面倒になり呪文で一気に広範囲を殲滅した結果がこの真紅の大地である。


 しかも途中から逃げ出す奴ばかりで戦いというよりかは駆除というか作業でしかなかった。


「チートにだって限りがあるもの、もうほとんど残ってないんじゃないかしら」

「えーと、【気配遮断】に【洗脳】だろ? それに【フェロモン】で少し前に【俊速】と……あのメナスって奴は複数持ちだったな。 アイツの女にはチートは無ぇのか?」

「無いわね、だから物と人を移動させる能力は彼女達特有のものよ」

「洗脳してなくて大丈夫なのかよ」

「さぁ? でもメナスが従ってる間は彼女たちも裏切らないはずよ、そういう感じだったもの」


 もしかして女共も洗脳されてんのか?

 そうなると俺のニコポとナデポで無力化できるかは賭けになるな。


「あと今更ではあるんだけど、メナスもメナスでなんというか……洗脳されてるように思えないのよね」

「ハァ? じゃあアレか、裏切り防止せずにチートだけ大量に与えられただけってことか?」

「だって、アンタと戦った時に素直に退いたじゃない。 時間稼ぎならそのまま死ぬまで戦うはずでしょ」


 そいつぁ確かにそうだ。

 あのまま戦いを続けていてもあいつが勝てないにしても、重傷を負わせてから逃げるという手もあったはずだ。

 ただしそれは、あの女共を見殺しにしていればの話だが。


「ちなみにあれでまだ本気じゃないわよ。 本気の時は文字通り化物みたいになるから」

「第二形態とか残してる奴は大抵最初の方がツエーぞ」

「まぁアンタはそうよね、素で化物みたいな強さだもの」


 一般人からすりゃチート持ちなんてどいつもこいつも化物みたいなもんだ。

 そんなことを話しながら、巨人すら入れそうな正門を通り抜けて街の中へと入る。


 分かってはいたがどこもかしこも廃墟だらけ、中に隠れてた信者の奴らは俺らを遠巻きに見ているだけだ。


「な、なんだか悪者みたいですぅ」

「ショウ様、人相、悪い」

「兜あんのに見えるわけねぇだろ!」


 まるで見世物のようで気分が悪い。

 一発ここで大呪文でも唱えて更地にしてやろうかと思ったが、ひとりの信者が俺の方へと……いや、女のもとへ縋りつくようにやってきた。


「遂行者様! あの子は、ライレスは何処に!?」


 信者の女のフードがめくれる。

 その女の半分には鱗が生えており、それには見覚えがあった。

 城でユーエルを殺そうとした【気配遮断】のチートを持つ刺客だ。


 アルフはちらりとこちらを見た後に信者の女に答える。


「死んだわ」

「あ……ああぁ……ああぁぁぁぁ」


 信者の女は崩れ落ちるように地面へと倒れこんでしまう。


「だ、大丈夫ですかぁ?」


 キリエが心配そうに手を伸ばしたので、俺は頭を掴んで止める。

 こいつに罪があるかどうかは知らん。

 だがこいつのガキが俺の身内に手ぇ出して、しかも間接的に親父殿の暗殺にも関わってる。


 ここから遠くにいる奴らはともかく、中枢に住んでる信者共を俺は許さん。

 少なくとも親父殿の首を取り戻すか、親玉をブチ殺すまでは。


 それを察してキリエは出して手を引っ込めて後ろに下がる。


「……殺さないの?」

「んなことしてる暇ねえよ、さっさと案内しろ」

「そう……首を捧げる祭壇は廃城の地下よ、行きましょう」


 泣くだけのクソ信者と逃げ惑うクソ信者共を無視して歩を進める。

 障害になるものなんざ何もなかった。


≪ゴォーン………ゴォーン……≫


 遠くから鐘の音が聞こえる。

 地面すら震えるほど重く、そして響くその音は、周囲でパニックになった信者の悲鳴をかき消すほど徐々に大きくなっていく。


「おい女ァ、こりゃ何の鐘だ?」


 こちらが質問したというのに女は青ざめた顔をして震えていた。


「おい、聞いて――――」

「急いで祭壇まで行くわよ! 早く!」


 急に女が走り出したのですぐに後を追って腰から抱え持つ。


「いきなりなんだ、3回聞いたら死ぬとかそういうやつか?」

「それならまだマシよ、鼓膜を潰せばいいだけだもの。 あの鐘は【シンデレラ】を起こすものよ!」


 シンデレラ?

 魔法のドレスを身に纏い、カボチャの馬車に乗って、舞踏会に出たとかいう、あのシンデレラか?


「それの何処が怖ェんだよ」

「メナスですら殺せなかったって言えば分かるかしら!?」


 マジかよ、アイツでも殺せねぇ化物が眠ってたってのか。

 ちょいとワクワクしてきたが流石に今は時間を無駄にする余裕はねえ。

 奴隷共がついていけるギリギリまで速度を上げて突っ走る。


 だが空中から迫る大きな影を察知し、女をタイロックに放り投げてから迎撃する。

 【反応】【怪力】【剣術】【人体破壊】のスキルを乗せた一撃。


≪ギギギイィン!!≫


 まるで錆びた金属を無理やりねじり上げたかのような音と共に、俺の剣は奴のガラスの靴によって止められた。

 俺が剣を振るうと少し離れた位置に黒い影が舞い降りる。


 いや、ありゃ影じゃねえ。

 そいつはあまりにも巨躯で、タイロックよりもふた回り以上デカい。

 そしてボロボロのドレスは、幾多もの返り血によって赤黒く塗り潰されている。

 邪悪なものを守るはずのヴェールは、その下にある悪魔の顔を覆い隠している。

 そして笑えるくらいに対照的な、汚れなきガラスの靴。


 俺が知る純白のシンデレラとは真逆の存在。

 漆黒のシンデレラが立ち塞がった。

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