第45話:呪われしガラスの靴
漆黒のシンデレラは理解不能な音を発している。
泣き声なのか、それとも笑い声なのか、けたたましい音がヴェールの下から漏れ出ている。
ショウはその音を嘲笑なのだと受け取り電光石火の速度で斬りかかるが、再びシンデレラのガラスの靴によって阻まれてしまい、そこから打ち合いへと持ち込まれてしまった。
既にショウは【万能戦闘技能】によって5つ以上のスキルを併用しており、例えシンデレラが格闘関連のスキルを極めていても押しきれるステータスであった。
だというのにシンデレラがショウと互角に戦えているのには秘密があった、それがガラスの靴である。
かつて異世界転生者が己の伴侶の為に磨き上げた魔法の靴。
その力は、端的にいってしまえば理想の自分を実現できるというものであった。
つまり絶対無敵の自分を願えば、その通り誰にも負けない自分へと変身できるチートのようなものであった。
これを最初に履いた姫は数々の脅威をガラスの靴で追い返し、靴異世界転生者と共に幸せに暮らしたとされている。
これが御伽噺であればそこでめでたし、めでたしで終わるのだがそうはならない。
理想だけを叶え続け、理想だけを見続けた彼女だが――――理想に殉ずることだけはできなかった
理想の自分を実現した姫は老いなかったからだ。
やがて夫は死に、近しき者も亡くなり、自身が産んだ子が他界しても、シンデレラだけは理想のまま変わらなかった。
理想を体現したシンデレラはツァーカムの理想として多くの民衆に慕われたが、それが問題でもあった。
民衆がシンデレラに嘆願すれば、心優しきシンデレラはその願いと理想を叶える為に動く。
そしてシンデレラが命じれば大臣達は逆らえず、それに頷くことしかできない。
つまり国の理想であるシンデレラこそが、国を破錠させるガン細胞でもあったのだ。
大勢の民の理想を聞き届けようとするせいで国は滅びの一途を辿っており、それをなんとかしようと大臣達はシンデレラにガラスの靴を脱ぐよう頼んだ。
しかしそれを脱ぐということは理想を捨てるということ。
シンデレラに頷くことなどできなかった。
故に大臣達は蜂起という実力行使を以ってガラスの靴を脱がせようとするが、理想を叶えられたシンデレラに勝てるはずもなく、散り散りに逃げてしまった。
こうしてシンデレラはツァーカムに君臨する女王と成ったのだ。
最初の数年は誰もがシンデレラを称え、称賛した。
数十年も経つと様々な問題が起こり、徐々に国は衰退していった。
もちろんシンデレラは理想の国であるようにと懸命に努力した。
けれども、どうにもならなかった。
ガラスの靴は灰かぶりを魔法の力で姫にすることはできても、理想の世界を創ることなどできないからだ。
やがて民衆はシンデレラを諸悪の根源とし、彼女を非難した。
そしてシンデレラは初めて理想ではなく現実というものを直視した。
醜く喚きたてる民衆、罵詈雑言ばかり投げつける人々。
愛する者は既に側にはなく、愛してくれる者も今はもういない。
理想という煉獄に焼かれたシンデレラの目には、もはやソレらは醜悪なモノにしか見えず、理想を穢す汚物としか捉えられなかった。
こうしてツァーカムにいた民は皆殺しにされ、残ったものは理想に狂い怪物へと変貌したシンデレラだけとなってしまったのであった。
一国の民をただガラスの靴のみで屠殺したシンデレラ。
ショウも実際にやろうと思えばやれるが、やっていない。
その差が勝負を分けてしまった。
虐殺を行ったシンデレラには多くの時間と経験があった。
どう殺すか、どう動けるか、どうされたら嫌か、あらゆることを試した経験値があった。
ショウが打ち合いを制し、シンデレラを民家の壁へと吹き飛ばす。
もちろんシンデレラは無傷だが、ひとつだけ異質なガラスの靴にこそ、その秘密があると睨んでいた。
だが民家の瓦礫によってガラスの靴が見えなかった。
ショウは戦闘におけるスキルをほぼ全て使用できたが、【透視】などといったチートは持っていなかった。
シンデレラが影に足を沈めた瞬間、ショウの背後にある影からその足が飛び出してきた。
咄嗟に反応して剣で受け止めることができたものの、衝撃までは殺しきれずにシンデレラの方へと吹っ飛ぶ。
むしろ間合いを近づける好機だと考えたが、シンデレラの初見殺しまでは見抜けなかった。
吹き飛ばされてきたショウに対して、シンデレラがカウンターの蹴りを放つがあまりにもタイミングが速すぎる。
それもそうだろう、その蹴りはショウではなく空間そのものを蹴り破る為のものだからだ。
突如開いた空間の亀裂に、空中で身動きのとれないショウは回避することができず、そのまま飲み込まれてしまった。
廃墟に残ったものは彼に従う者達と、逃げ惑う人々と、再び醜悪なものを一掃しようと猛り叫ぶシンデレラだけであった。
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