第51話:殉教者

 無数のチートを取り込んだヤーンの肉塊は【肉体改造】によって、身体よりも大きな5本の左腕は肉にあらず、【硬質化】によって鋼をも超える強度となっており、その凶悪な凶器が全てを薙ぎ払おうと振るわれる。


 その圧倒的な質量を威力は回避も防御も不可能かに思われたが、ショウはその腕を片手で受け止めてみせた。


「おぉ、こいつぁちょうどいい棍棒じゃねぇか!」


 それどころか掴んだ腕を振り回し、ヤーンの肉塊を回転させ始めたではないか。


「そ、その程度の攻撃なぞ! 【物理攻撃無効】のチートがあれば!」


 ヤーンの肉塊の言うとおり、ショウが思い切り振り回して壁や地面に叩きつけているにも、関わらずかすり傷ひとつも負わない、そのはずだった。

 ショウが更にヤーンの肉体を振り回す速度を上げていき、徐々にその肉体が引き伸ばされ皮膚から出血が見られるようになった。


「ば……馬鹿な! 【物理攻撃無効】の他にも【毒無効】【呪文攻撃無効】のチートもあるというのに何故だぁ!?」

「クハハハハ! 山を持ち上げるのに比べりゃあ、このくらい軽いもんだぜェ!」


 そしてショウはどんな攻撃も通じない【バリア】のチート持ちを殺してみせたように、慣性の力でヤーンの肉塊を引き千切ろうとしているのだ。


 【物理攻撃無効】【毒無効】【呪文無効】の他にもあらゆる攻撃を無効化するチートを持っているが、その全てが攻撃であることが条件だ。

 働く慣性によってかかる力は自身の肉体によって発生している為、攻撃ではなく自傷行為になる。

 自傷行為を防ぐチートなど存在していないが故に、どうしようもない攻撃方法なのだ。


 ヤーンの肉塊には【自己再生】のチートもあるが、このまま一方的に嬲られるわけにもいかず、覚悟を決めて自らの腕を自切することでショウの拘束から逃れることに成功した。


「チッ、もうおしまいかよ」


 そう言ってショウは千切れた腕を祭壇の中央にある大穴に捨てる。

 そのせいで腕にあった刻印糸が回収できなくなり、ヤーンの肉塊の持つチートの数が一気に三割以上も減り、【物理攻撃無効】も消えうせた。


「ハァ……ハァ……かくなる上は……」


 ヤーンの肉塊が残った腕を使い、落ちていた枝葉の剣をその肉体へと取り込んだ。


「キサマなぞ無限の刃によって斬殺されるのがお似合いだ!」


 枝葉の剣を取り込んだヤーンの肉塊の右腕が巨大な剣へと変貌したかと思えば、腕から無数の刃が突き出てきた。

 大量の出血と共に出てきて刃は肉片と共に地面へと落ち、まるで生物のように4脚

を生やしてショウに向かって突撃し始めた。

 これこそヤーンの肉塊の持つ【生体化】と【テイマー】チートを合わせた技である。


 枝葉の剣を取り込んだヤーンは剣と一体化し、その刃を増やす。

 増やした刃を【生体化】によって命ある武器に仕立て上げ、それを【テイマー】によって使役するというものだ。

 しかも枝葉の剣から生み出される刃には全て特別な力が宿っている。

 続々と生み出される何十本という生きた刀剣全てがショウを殺す力を持っているのだ。


 その証拠に1本の刃がショウに照準を合わせて高威力レーザーを発射した。

 もちろん【反応】スキルによってショウは簡単に回避することができたが、似たような攻撃が何十個、さらに恐るべき力を持った刃達が一斉に襲い掛かればショウであろうともその命を落とすことだろう。

 けれどもショウの瞳は曇ることなく、勝利を確信していた。


「はぁ~………自分じゃ敵わねぇからって手下任せか。 だからテメェは俺に勝てねぇんだよ雑魚がッ!!」


 大量に押し寄せる凶刃の群れに対して、ショウは襲い掛かる刃そのものを掴み迎撃する。

 炎を纏う刃に対しては氷の刃をぶつけ、レーザーを放つ刃に対してはガラスの刃を投擲する。

 どれだけ凶悪な刃の群れであっても、ショウにとってはただの武器であるが故に利用される。

 仮にも世界最強を名乗れるほどの異世界転生者なのだ、この程度で倒れるはずがない。


 そうしてショウがクリフォト大陸に上陸した際に手に入れた頑丈な剣を、ヤーンの肉塊にある枝葉の剣へと投擲する。

 すると生れ落ちた100の刃がヤーンの肉塊へと一斉に突き刺さり、ハリネズミのようになってしまった。


 これは海底で襲われた際に利用した呪文による磁力である。

 投擲した剣にS極、先ほどまで軽くあしらっていた生きた刃にN極を付与したことで、一気に無力化どころかその全てを攻撃に利用したのであった。


「な……ば……ばか、な……こんな……ばかな……ことが……!」


 炎や雷、その他にも様々な力を持つ刃によって刻印糸ごと全身がズタズタにされたヤーンの肉塊は、最早ただの芋虫のように這って逃げることしかできなかった。

 しかし、ヤーンの肉塊をショウが逃がすはずもなく、ショウは一心不乱に這うヤーンの肉塊を掴んだ。


「オイオイ、教主様が祈らず逃げるってのはどうなんだァ?」


 ヤーンの肉塊に残されたチートはほとんどなく、あってもこの状況では何の役に立たないものばかりであった。


「今までさんざん生贄やら何やらやってきたんだろ、ならテメェの最後に逃げ込む場所はここしかねぇだろ」


 そうしてショウは手に持っていたヤーンの肉塊を、部屋の中央にある大穴へと投げ落とすと、声にならない断末魔が穴から響き、やがて聞こえなくなった。


「……ゲホッ」


 メナスが息も絶え絶えといった様子で咳き込む声を聞くと、ショウはすぐさまその場へと走り寄った。


「オラッ、邪魔者はカタしてやったぞ! さっさと決着つけるぞテメェ!」


 ショウがメナスを無理やりに立たせるも、身体は満身創痍であり、ショウの肩に掴まることでやっといったところである。


「テメェの剣はどこいった!? あ、あの雑魚がパクりやがったか! クソッ、俺のでいいからこれ使え!」


 そう言ってショウは使っていなかった本質を断ち切る聖剣をメナスの手に握らせようとする。

 その聖剣で自分が斬られることなどショウの頭の中には一切ない。

 自分が実力を認めた好敵手が、知らない奴のせいで死に、戦いもせずにこの世を去ることが許せないからだ。


「僕はね、ゆうしゃ、だったんだ」

「アァ!?」


 メナスが独り言のように、それでいて何かに語りかけるように話し出した。

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