第18話:変化と成長
シール先生から薬を貰った後、ボクは頭の中がゴチャゴチャしたまま部屋を出た。
TS病を治すのであれば薬を飲むべきだ。
変化を望まないのであれば捨てるべきだ。
だけど、どちらが正しいのかが分からない。
だってボクは奴隷で、今まで何かを決断したことなんて一度もなかったんだから。
「おい、前見ねぇと危ねぇだろうが」
だからだろうか、運命の女神様がボクと王子を出会わせたのは。
「ご、ごめんなさい、王子ぃ……」
「お前いま先生の部屋から出てきたよな、なんかあったか?」
「そ、そのぉ、なにも―――」
ダメだ、なにもなかっただなんてウソはつけない。
王子は口が粗暴ではあるが、根はとても優しい。
だから人の失敗には寛容で……それでいて、不義理なことには凄く厳しい。
厳しいといっても殴られたり叱られたりするわけじゃない。
ウソをつかれたということを絶対に忘れないだけだ。
それで復讐されるとか粛清されるということはない。
ただ……どれだけ謝ろうとも、懇願しても、こいつは自分にウソをつく人間なのだという烙印が押され、見切られるだけだ。
それが殴られたり罵声を浴びせられるよりも、よっぽど怖かった。
「あの、実はぁ―――」
そうしてボクは、王子とタイロックに全てを話してしまった。
「キリエ、サキュバス、TS病……治療薬」
タイロックはいつもと同じく言葉数が少ないが、その声色は真剣なものだ。
そして王子は―――。
「テメェ! 俺のことを騙してたのか!?」
「王子、キリエ、ウソついてない、言ってない、だけ」
「ん? あぁ、そういやそうか。 おう、悪かったな」
王子が一瞬激昂したものの、すぐに落ち着いた。
「大丈夫、キリエ、怒ってない、王子、馬鹿、知ってる」
「ぶん殴られてぇかクソ奴隷!」
そしてまた怒り出す、いつもの光景だ。
ボクがサキュバスでも、TS病だと知っても、この二人は変わらない。
だからボクも変わらずこのまま―――。
「おうキリエ、取り敢えず薬はさっさと飲んでおけ」
「………へぇ?」
「薬を飲めって言ってんだよ」
「な……なん、でぇ……」
「なんでも何も病気なんだろ、ならさっさと治しちまえ」
視界が揺らぎ、声が震える。
二人は変わらずそのままなのに、どうして王子はボクを変えようとするのかが分からないくて、それが怖くて仕方が無い。
無意識に後ずさるが、扉の近くにいたタイロックにぶつかってしまった。
彼はボクの仲間だけど、王子の奴隷でもある。
もしも王子が彼に薬を飲ませるように命令したら、ボクには抵抗できない。
「王子、違う、キリエ、怯えてる、今まで、病気だった、治ったら、違う、それが怖い」
けれどタイロックは簡潔に、それでいてボクの不安を言い当ててくれた。
「あぁ~?………あぁ、そういうことかよ面倒くせぇな」
王子もタイロックの言いたいことが分かったのか、こちらに無理に迫らず退いてくれた。
「要はあれだ。 今までずっと男だった、だからTS病を治療して女になってちゃんとしたサキュバスになったら、これまでの自分が消えてしまいそうで怖いってことだろ?」
「あ……はい、そうですぅ。……けど王子ぃ、そういうこと分かるんですねぃ」
そんなことを言ったせいか、王子の手刀で頭を叩かれた。
「いたいぃ!」
「バカなこと言ってんじゃねぇ、その程度で人間変わるかよ。 一度死んでも変わってねぇ俺が保証してやる」
痛む頭をさすっていると、タイロックもその言葉に続く。
「キリエ、変わること、過剰、臆病。……違う、変化、もっと当たり前、寝て、起きたら、背が伸びる、それと同じ。 人、皆、変わる、続けてる」
そうか……ボクや二人は何も変わっていないわけじゃない。
ただ、本当に気付かないくらいに、ボクらは変わり続けていて、だから気付かなかっただけ。
「訂正、王子、何も、変わってない、成長、してない」
「上等だこのクソ奴隷! 今すぐ躾してやらぁ!!」
王子とタイロックがもみくちゃになって暴れる。
そうだ、ボク達が王子の奴隷になった時はこんなことなかった。
子供の頃から変化していき、いつしかこれが当たり前の日常になったんだった。
「つうかアレだよ。 俺ぁお前が男だろうが女だろうがサキュバスだろうがどうでもいいが、お前が男を選ぶか女を選ぶかするなら、一度は女になってから選らばねぇと不公平だろ」
それは……確かにその通りだ。
男であるボクもサキュバスであるボクも、どちらもボクの中にあるもの。
ちゃんと見ずに、一方的に嫌って切り捨てるだなんて、ボクを捨てた人と同じ行いである。
ボクはあんな人達みたいになりたくない。
だから自分自身を向き合う為にも、先生から貰った薬を飲んだ。
「で、なんか変わったか?」
「いいえ、なにも」
いきなり胸が大きくなるとか、そういった変化は一切無い。
本当に、ただほんの少しだけ自分の中の何かを受け入れられた。
ただ、これから先、ボクの何かが変わったとしても、この二人が変わったとしても、変わらずこうして居てくれるということだけは信じることができそうだった。
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