第17話:サキュバスとTS病
ショウ王子が15歳になられ、顔や身体つきも精悍になってきた。
それは仲間のタイロックも同じで、あっちは腕周りがボクの腰くらいある。
それに比べて僕はただ少し身長が伸びただけ。
性別的な歳相応の成長というものが一切無い。
それが当たり前なのか異常なのかが分からない。
それを相談しようと思っても、ボクの身体についてこの国の人には言えない。
せっかく色々な人に好かれて、好きになってきたのに、また避けられることになっちゃう。
だって、僕自身がこの身体を気持ち悪いって思ってるんだから。
「おや、キリエ殿ではありませんか。 顔色が悪いようですが、大丈夫ですか?」
そんなことを考えながら歩いてたからなのか、シール先生に話しかけられてしまった。
かつては王子の家庭教師であり、そのついでにボクとタイロックも色々なことを教わった。
今は先生に手を引かれている王子の弟ユウエル様の教育に務めてらっしゃるので話す機会は減ってしまったものの、何かあった時はとても親身になってくれる優しい先生だ。
「ふむ……ユウエル様、今日の授業はこれまでいたします。 ショウ王子のもとへ遊びにいくとよろしいでしょう」
こちらの雰囲気を察してくれたのか、ユウエル様と側付きの人達を離してくれた。
「さてキリエ殿、急に暇になってしまいましたので、お茶の一杯でもお付き合い頂けないでしょうか」
「は、はいっ!」
そうして先生の私室案内され、紅茶をご馳走になった。
王子は紅茶が好きではないと言っていたけど、ボクはミルクも砂糖も入れることで色々な味を楽しめるこれが好きだ。
そして先生は紅茶を淹れられたけど、何も言わない。
無理に聞き出そうとせず、ただ黙っていてくれる気遣いが嬉しくて、だからこそ何か言わなければならないと思ってしまった。
「先生……実はボク、サキュバスなんです」
「おや、魔族であるサキュバスは女性のみにはず。 男ならばインキュバスなのでは?」
「TS病、聞いたことがあるでしょうか」
「あぁ……知ってますよ。 過去の異世界転生者が受けた呪いでありチート、それが脈々と受け継がれ、その血を引く者が稀に発祥してしまう病気ですね」
性別が反転する代わりに絶大な力をもたらすチート能力。
今では力をもたらさず、ただ性別を変化させるだけの病気となっている。
「そのせいでボクはサキュバスなのに男なんです。 だけど……男のサキュバスなんて気持ち悪いじゃないですか」
男を惑わし、その精力を奪う魔性の生き物。
だというのにボクはそれができない。
生き物として不完全で完璧から程遠い失敗作、それが男のサキュバスであるボクだ。
「なるほど、どうしてあなたの尻尾がいつまでも切れたままなのかと思いましたが、治る度に御自身で切って知られないようにしていたのですね」
先生の言葉に静かに頷く。
サキュバスの尻尾は特徴的だ、見れば分かってしまう。
だからボクは治る度に尻尾を切る。
もちろん痛いけど、それは我慢できる。
一番耐えられないのは―――ボクという存在を認められないことだった。
男のサキュバスということさえ隠していれば、ボクはただのキリエでいられる。
それだけで良かったはずだった。
だけど何もかもが変わらないままではいられない。
「このまま成長していったらボクが男のサキュバスだってバレてしまいます。 どうしたらいいでしょうか……ッ!」
相談というよりかは、もはや懇願に近いものになっていた。
それでもこの人に言ってしまった以上、もう先生に頼ることしかできなかった。
「そうですね、少しお待ちを」
そう言って先生はカバンから一つの小瓶を取り出した。
「病気そのものが珍しいものなので一般には知られておりませんが、TS病にも治療薬があります」
「あの、先生はどうしてそのお薬を……?」
「私も同じだったんですよ。 TS病……女として生まれ、女として育ちました。 この薬を使うまでの5年くらいでしたけどね」
先生が唇に人差し指を当てて、シーっとジェスチャーする。
どうやらボクの秘密と引き換えに、先生の秘密も教えてくれたようだった。
「こちらのお薬は差し上げます。 TS病を治療するなら継続して飲み続けないといけないので、本格的に治療するなら数も用意しましょう。 ただ、使う際はご注意を」
「えっ、な、なんでですか?」
「あなたは15年も男として育ち、生きてきました。 つまり、精神がかなり男側に寄っている状態ですね。……古今東西、性別が変化する物語がありますが、そのどれもが、良い結末を迎えるものは少ないものです」
それを聞き、思わず息を呑む。
「すみません、怖がらせるつもりはないのです。 ただ……サキュバスでありながら男として生きてきたあなたにとって、チグハグな人生を歩んできました。 しかし、男の内面を持ちながらサキュバスとして生きるのは、果たして幸福と言えるのか……私には、それが分からないのです」
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