第38話:従者vs奴隷

「テメェら、あのクソ野郎を追え」

「ハッ!」


 ショウの指示を受けてタイロックとキリエが追おうとするも、メナスの後ろに侍っていた2人の女がその道を塞いだ。


「あんなのでもまだ役に立つからね、追わせないよ」


 紫髪のパルマと青髪のアズールが行く手を阻むも、それを無視してタイロックとキリエは果敢に突撃する。

 巨漢の大質量であるタイロックの突撃を防げないと判断したのか、パルマとアズールは左右に分かれて回避する。


 あっけなく道を譲られたことに違和感を覚えたものの、2人はそのまま首を持って逃げたアングリムの後を追おうとする。


 しかしパルマが両手をパンと叩いた瞬間、タイロックの背にいたはずのキリエが突如パルマの目の前に出現していた。


 子供がフラリと消えた時、いつの間にか物がなくなった時、妖精の仕業だと言われている。

 つまり、妖精種の生き残りであるパルマとアズールの力である。


 パルマが手を叩けば人を、アズールが手を叩けば物を近くに移動させられるのだ。


 パルマはいつものように、突然の事態に混乱する敵の喉元に鉄針を突き刺そうとするも、キリエが咄嗟に反撃してきたせいでそれを避けることしかできなかった。


 キリエからすれば十分に驚く出来事だが、それでも対応できた。

 なにせ主人であるショウは、これよりも理不尽に、それでいて徹底的な訓練を自ら行ってきたのだ。

 自分の位置が変化した程度ならば問題ない。


「タイロック、両手を叩かせないでぇ!」

「ウム」


 そして過酷な訓練を乗り越えてきたからこその状況判断も備わっており、初見でありながらもパルマとアズールの力をほぼ見抜いていた。


「やりにくい相手ね」


 パルマがチラリとメナスに視線を動かそうとした瞬間、キリエが一息に足元まで踏み込み果敢に攻めてきた。

 主であるメナスに気をかけるどころか、両手を叩きアズールを呼び寄せる隙も与えてもらえず悶々としたまま攻撃を捌き続ける。

 そしてそれはタイロックと対峙するアズールも同様であり、猛烈な攻撃をいなすだけで攻勢に出られず、押し込まれていた。


 この勢いの差は偏ひとえに主人に対する信頼の差であった。


 パルマとアズールにとって主人であるメナスは守らなければならぬ者であり、その為ならば身を賭すことも厭わないだろう。

 それはキリエとタイロックも同じだが、こちらの2人はショウの強さを信じている。

 なにせ幼い頃から何度も戦い、そして挫けながらも強くなったというのに、まだその背に追いつけないほどの強い。

 だからこのような状況だろうと心配する方が不遜であると理解しているのだ。


 そうした躊躇の無い攻撃に晒されながらもキリエの攻撃はパルマに届かない。

 流石にオカシイと気付いたキリエは少しフェイントなどを混ぜるがそれも通用せずに防がれる。


「どうして自分の攻撃が防がれるんだろうって思ってるでしょ?」


 精神的な動揺を誘う為にパルマが語りかけてくる。

 パルマとアズールはこれまで何人もの敵を殺してきたが、それは不意打ちのようなものがほとんどであった。

 だから純粋な戦闘力でいえばキリエが圧倒しているのだが、それでも彼女達を攻め切れていなかった。


 その理由は攻撃を誘導されているからである。

 妖精としての力はひとつではない、人がほしいと思う気持ちを増幅したり誘導することもできる。

 その力を利用し、キリエの攻撃を誘導しいなしているのだ。


 そしてキリエがパルマの言葉を聞いてしまい、一瞬の動揺が生まれてしまった。


「隙を見せたわねサキュバス!」


 その隙をつき、パルマの眼がキリエの眼を貫きその精神へと届いた。

 人を思いのまま操ることはできないものの、その欲求の操作は可能だ。


 キリエの精神に干渉したパルマはキリエがサキュバスであることを知り、ある作戦を思いついた。

 サキュバスというのは快楽に抗えない種族である。

 だからこのサキュバスがかつて味わった快楽を引き出し、身動きを取れなくしようとした。

 苦痛に耐えられる者はそれなりにいる、だが快楽に抗える者はさらに少ない。


 だからパルマはサキュバスとしての目覚め……男の精を貪り初めて充足を引き出そうとした。

 ………だがない、どこにもない。

 産まれてから今まで一度も、それを体験したという感覚がどこにもなかった。


「ま……まさかあんた、サキュバスなのにエロいことしたことないって言うの!?」

「いきなりなんだよぉ!? それのどこが悪いってのさぁ!!」

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