第54話:豹変

「うあっ……あぁっ!」


 ショウは少女の角を掴みながらひきずり、それをキリエとタイロックが慌てて止めに行く。


「しょ、ショウ様ぁ!? その子をどうする気なんですかぁ!?」

「決まってんだろ、こいつを使って親父殿を生き返らせんだよ」


 それがまるで当然であるかのように言うショウを見て、ふたりはどうすればいいのかと迷ってしまう。


 主人と大勢の人は少女を犠牲にしてショウ王を復活させるのを選ぶだろう。

 だがひとり生き残った少女のことを考えればショウ王の復活は諦めるべきである。

 いや……少女だけではない。

 従者であり奴隷であるふたりは、何の罪もない少女を犠牲にさせるという選択肢を主人に取らせたくなかった。


「ショウ様、それ、いけない、」

「そ、そうですよぉ……他の皆はもういなくて、ひとりぼっちなんですよぅ?」


 進む道をふたりが阻むように立つふたりを見たショウの表情が一変し、怒りが見え隠れする。

 それでもショウは怒りを口には出さず、歩みを進める。


「どうした、帰るぞ」

「………」


 だが奴隷は何も言わない。

 ただ哀しい目を向けるだけであり、それが更にショウの神経を逆撫でした。

 そんな一触即発の雰囲気を感じ取ったからこそ、アルフが殺されることも覚悟の上で両者の間に入った。


「あなた、本当にそれでいいの? アルフ達は何をされても文句は言えないわ、でもその子はあなたに何もしてない。 あなたが犠牲にしていい理由なんてどこにもないのよ」


 アルフのその言葉がトドメになったのか、ショウの怒気が一気に膨れ上がる。

 そしてチートを防ぐ為の兜が割れ、彼の怒りに満ちた顔があらわとなった。


「テメェが言うのか? 殺されていい理由がない親父殿を殺した………テメェが! それを! 言うってのか! なぁオイ!!」

「……ッ」


 純粋な怒りによる言葉を叩きつけられ、アルフは思わず顔を逸らしてしまった。

 ショウの剣幕に恐れたわけでも、いまさら命を惜しんだわけではない。

 家族を生き返らせる為には少女を犠牲にさせる選択肢しかとれない少年の顔が、あまりにも悲痛に見えてしまったから。

 そしてそれをやらせてしまったのが自分のせいであるからこそ、アルフは何も言えずただ無力に俯き涙を流すことしかできなかった。


 そんな彼女を放置してショウは道を塞ぐ奴隷の間を通ろうとする。


「ショウ様ぁ……」


 主人に武器を向けることも、危害を加えることも問題外である。

 だからふたり縋るようにショウの身体を掴んだ。


「邪魔だ、失せろ」


 ショウの怒気に晒されながらもふたりは何も言わずにショウに縋る。

 タイロックは力強く諭すように、キリエは涙目になりながら。

 それでもショウを止められない。

 彼にはもう少女の泣き声も、人生の半分以上を共にした者の声も届かないのだ。


 そうしてショウは奴隷と少女を引き摺りながら地下祭壇から外へと出た。

 まだ縋りようにしがみつく奴隷を無視し、少女を担ぐと本気の【跳躍】を行った。

 たった一足での跳躍で山すら飛び越えてしまう。


 着地の衝撃でタイロックが手を離してしまうが、気にもかけずに再び跳躍する。

 二足目には雲すら超えて一気に海にまで到達し、キリエが手を離してしまった。


「お願いですショウ様ぁ! どうか、どうか―――」


 キリエの言葉を振り切り、三足目で海を越えた。

 速度と衝撃のせいで担いでいる少女が泣く。

 それでも彼は無言のまま飛び続け、五足目で故郷の城へとたどり着いてしまった。


「お……王子!?」

「オイ、親父殿の安置所まで案内しろ」

「は、ハッ!」


 空中から突如やってきたショウに衛兵が驚愕していた。

 しかも奴隷を連れずに知らない少女を担いでいるせいで衛兵達もかなり混乱しており、何も聞かずにそのままショウ王の遺体が置いてあるモルグまで案内する。


「ああ、うぅ! ああううあああぁぁ……!」


 ショウは少女が逃げぬように角を髪を引っ掴みながら移動し、そのせいで少女は痛みと恐怖で泣き腫らしている。


 出会う者、皆が困惑した表情でそれを見ていた。

 よくワガママを言う王子だった、それでも聞き訳がいい王子だった。

 少なくとも女性を泣かせる人ではなかった。

 それを知っているからこそ目の前にいる者が、泣き叫ぶ少女の髪を無理やり引っ張るあの男が、本当にあの王子なのかと困惑していたのだった。

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