第55話:最期の誇り
モルグにはショウ王の遺体が純白のシーツに包まれ、一際装飾が施された台座に安置されていた。
ショウがシーツを剥ぎ取る。
もしもまだ首があったのなら、まだ生きているのではないかと思えるほど綺麗な遺体。
そしてショウは先ほどまで引き摺っていた少女を遺体の横に無理やり押し出した。
「さぁお前の出番だ、親父殿を生き返らせろ」
「……………!!」
しかし少女は目に涙を溜めたまま首を横に振る。
言葉が通じていないわけではない、力を使えば死ぬことを理解しているからこそ拒絶しているのだ。
一族の悉くが死に絶え、知る者は誰もいない時代へと送られた少女。
何百年も封印され、それでも異世界転生者が言っていた救いがあると信じていた。
だが今、少女の前にいるのは羅刹のような男である。
そしてその男はぐずぐずしている少女に苛立ち、髪を掴んで顔を引き寄せて怒声を浴びせる。
「テメェがなんで今まで生きていたのは何の為だったと思う、この為だったんだよ! いいから泣いてねぇでさっさとやれやァ!」
ここまで引き摺られた傷と髪を乱暴にされた痛み、そして鬼気迫る表情の男への恐怖が、死への怖れを上回った。
「ああぁ………あっあああううっあうああああぁぁ……!!」
それでもそれでも死への恐怖がなくなったわけではない。
己の死と目の前の男への恐怖に挟まれ、少女は泣き叫びながら祈るように両手を組む。
すると、少女から漏れ出した淡白い光がショウ王への首へと集まる。
集まった光が形どられ、それは徐々にショウ王の元の顔へと変わっていく。
それとは逆に、身体から放出される光の量に比例して少女の存在そのものが希薄になっていく。
ライラの一族は死した者を生き返らせる代償としてその存在を対価に差し出しているからだ。
誰かを愛したこともなく、誰かに愛されたこともなく、世界がどうなっているかも知らないまま少女は消えていく。
「うううぅぅ……ふうううぅぅん………うわあああぁぁん………!」
それが嫌で、怖くて、それでもどうしようもなくて、少女は泣くことしかできなかった。
少女の祈りと遺体の損傷が少なかったおかげか、まだ儀式の最中であるというのにショウ王の眼が開いた。
「ここは……? 私は首を刎ねられたはずだ」
「ようやく目覚めたか親父殿! いやぁ、俺もあんたを生き返らせる為に苦労した甲斐があったもんだぜェ!」
先ほどまでの鬼気迫る表情だったショウだが、ショウ王が目を覚ましたことで一転、それを喜ぶ表情を浮かべた。
「マジで面倒だったぜ、なんせクリフォト大陸まで旅したんだからなァ。 だがまぁ俺だから楽勝―――」
ショウ王は得意げに語る息子の自慢を話半分に聞きながら、状況を把握しようと努める。
モルグの安置所。
返り血にまみれた息子の姿。
その側にいるべきふたりの不在。
地面に座り込み、嗚咽をあげて泣きながら祈る少女。
そしてその光を受け取る自分。
それでほとんどの状況を把握してしまった。
「ショウ、私を生き返らせたと言ったね。 その代償は何だい?」
「……アンタにゃ関係ねえだろ」
「関係あるに決まっている、これは私の問題でもあるのだ」
先ほどまで上機嫌が一変し、ショウはばつが悪そうな顔をしながら答える。
「………別にどうでもいいだろ」
余程のことでもなければ嘘をつかない息子が言いよどむことから、王は全てを察した。
「なるほど、その子の命か」
ショウ王はショウへと真っ直ぐな眼差しを向ける。
そして隠していたことを言い当てられ、ショウは苦虫を噛み潰したかのような顔をした。
「どうしてそんなことをしたんだ」
「どうしてだと!? 一国の王が死んだんだぞ! どうにかできるなら、どうにかするのが当たり前ぇだろうが!」
「人が死ぬのも当たり前のことだ、どうして私だけが違わなければならない。 私はただ少しだけ早かっただけのことだろう」
「イカレたクソ宗教の奴らに! 首を斬られて殺されるのが! 当たり前なわきゃねェだろうが!!」
生まれて初めてショウは実の父親に向かって怒気を放つ。
側に居た衛兵がその凄みだけで腰を抜かしてしまったが、王は毅然とした態度のまま、祈りを続けている少女に顔を向ける。
「ならばその子が犠牲になるのも、当たり前ではないだろう。 少なくとも、私の為にその子が死んでいい理由など存在しない」
「あるに決まってんだろ! あんたが死んで母上もユーエルも、他にも大勢が悲しむだろうよ。 だからあんたが生き返れば皆が喜ぶ。 だがそいつが死んでも誰も悲しまねえ、どっちの方が人の為になるか、ガキでも分かるだろうが!」
声を荒げて迫るショウを見ながら、それでも王は哀しそうな顔を向けた。
「お前には言ったことがあったな。 有能な者達だけの楽園よりも、無能や役立たずと揶揄される者達でも笑って過ごせる国を目指していると」
「それがどうしたってんだよ!」
「私が死んでも、いずれ皆はその悲しみを乗り越えられるだろう。 だが、その少女が死ねば笑えなくなる者がいる」
「はぁ? こいつの一族はとっくの昔に滅んで―――」
「お前だよ、ショウ」
ゆっくりと、そして丁寧に諭すように王が告げる。
だが納得できないのかショウがその言葉を否定した。
「はぁ!? 別にこいつが死んだところでどうとも思わねぇよ!」
「……それでも私は、お前に少女を死に追いやっておきながら、笑って忘れられるような人間になってほしくないと思っている」
それは無実の少女を殺しても何とも思わないような人間にならないでほしいという、父親からの期待でもあった。
父が必要だからこそ、ショウは生き返らせようとした。
父を尊敬しているからこそ、期待には応えたかった。
だがこの期待を裏切らねば、父は死ぬ。
「クソッタレがぁ!!」
「えぅっ!?」
それを理解しながらも、ショウは嗚咽をあげながら泣く少女の手を掴んで無理やり祈りをやめさせたことで少女は混乱してしまった。
ショウは最初から少女を犠牲にする罪を自分で背負う覚悟をしていた。
だが、このまま父親が生き返れば父がその罪を負うだろう。
自分の犯した罪を親に被せるなど、絶対に許せないことだった。
「うん、ありがとう」
ショウ王は穏やかな顔をして、ふたりに礼を言う。
そしてショウ王の身体に集っていた光の粒は離れていき、少女の元へと戻っていく。
そこへモルグへの扉が大きな音を立てて開けられた。
扉から入ってきたのは、息を切らせたショウの母親と、それを支える弟のユーエルであった。
「あ、あなた……?」
「とう……さま?」
文字通り死人が動き出したのを目の当たりにしたように、ふたりの動きが止まってしまう。
「マリア、それにユーエルか」
ショウ王が迎え入れるかのように両手を広げると、すぐさまふたりはその腕の中へと飛び込み、そのまま泣き出してしまった。
だが、マリアとユーエルはまた泣くことなるだろうとショウは予想していた。
復活の儀式を止めたことで、今度はふたりの目の前で父親が死ぬところを見せてしまうのだから。
こんなことになるならば最初から何もしなければ良かったと、人生で一番の後悔がショウを襲った。
「実はショウのおかげで少しだけ話す時間を貰うことができたんだ」
「あぁ……それでも良かった。 ありがとうショウ、貴方のおかげで、この人の最期に立ち会えました」
母親の感謝の言葉がショウの心を抉る。
「……止めろ……俺ァ、礼を言われるようなことなんざ……」
ニコポとナデポを少女に使うという手もあった、親父殿に知られないようにするという手もあった。
もっとうまくやっていれば一時的といわず生き返らせることができた。
自分は失敗したのだというのに何も知らずに感謝をする母親を前に、途轍もない後悔しか湧き出てこなかった。
「ショウもだが、そこの女の子も本当にありがとう。 キミのおかげで私は未練を残さずにこの世を去れる。 本当に……本当に感謝している、ありがとう」
「あ……うぁ……あ?」
穏やかに、そして優しい表情をしながら、ショウ王が少女の手を包み込むように握る。
先ほどまで恐怖で震えていた少女だったが、その温かさが震えを止めた。
だが既に祈りはなく、体温は徐々に失われていき、王の首の上も徐々に光の粒なっていく。
もはや語れることもほとんどないと察したショウ王は息子を抱擁し、最期の言葉を遺した。
「家族の為に、よくやってくれた。 お前は私の誇りだ」
「おれ…………は……ッ!」
そうしてショウが何かを言う前に首のない王へと戻ってしまった為、地面に落ちないよう王の遺体を抱かかえる。
先ほどまであった生きていた体温は既に冷たく、ただ体の重さだけしか残っていない。
母親と弟は父親の最期の姿を見て再び涙を流し、父の遺体を抱く男は上を向くことしかできなかった。
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