第9話:ショウ王14世の治世
まさか遊び呆けている親父殿に駄目出しされるとは思わず、俺はしばらく呆けてしまっていた。
正直に言えば、俺は今まで親父殿が無能なバカ殿だと思っていた。
なにせ意欲的に働くどころか、官僚からの提案を「良きに計らえ」と言っているところしか見た事がなかったからだ。
だからこそ、俺の原稿を一目見ただけでその問題点を即座に見抜き、それどころかより完璧な補足までつけられるほど有能だというのに、全ての仕事を官僚に任せていることが理解できなかった。
恐らく、やろうと思えば親父殿はこの国をもっと富ませることも、繁栄させることもできるだろう。
なのにやらない……それの意味が分からない。
「あの、王子ぃ、大丈夫ですかぁ?」
何故という言葉だけが頭の中を堂々巡りしていたせいか、キリエが心配そうな声でこちらの様子を窺うが、それを気にする余裕もなかった。
「どうしたの、ショウ? あなたがそんな顔をしているだなんて珍しいわ」
「母上!?」
そんな俺の意識を引っ張り戻したのは、いつもベッドの上にいる母上であった。
白い肌と白い髪のせいで、ただでさえ弱々しい身体がさらに弱っているようにも見えるが、今日はいつもに比べて顔色はいいようだ。
それでも一人で歩くのがつらいせいか傍に俺の弟であるユーエルと、顔を合わせるのが気まずいと思っていたら、いつの間にか母上とユーエルとよく話している元婚約者であるメレクがいた。
「いつもがむしゃらに前だけを見ているあなたが立ち止まるだなんて、何かあったのね。 わたくしで良ければ力になりますよ」
「いえ! 母上の御手を煩わせるようなものでは―――」
そこまで言い、母上の顔に一抹の寂しさがあることに気付いた。
そういえば俺はこの人に息子として甘えたことなどあっただろうか。
もちろん俺の精神年齢が10歳などとうに超えていることから気恥ずかしいという理由があるのだが、母として子に頼られないというのはやはり寂しいものなのだろう。
ならば、むしろここは母上を頼ることこそが親孝行と言えるだろう。
俺は異世界転生者だが、それでも産んでくれた親に対しては敬意を持っている。
立ち話では母上が倒れてしまうので、身体を支えて庭園のテラスにまでやってきた。
「母上、実は親父殿について……」
メレクが少し離れてユーエルと遊んでくれているので、俺は気兼ねなく母上に親父殿のことが分からないと相談する。
「そう、あの人がそんなことを言ってたのね」
親父殿の言葉を聞いた母上が嬉しそうに微笑む。
「俺には優秀でありながらもそれを隠す親父殿の真意が分かりません。……そういえば母上は、親父殿が聡明であったことを知っていたのでしょうか? だから結婚されたとか」
「フフ、残念だけどわたくしもあの人がそんなに頭が良かっただなんて知りませんでしたわ。 わたくしが結婚したのはあの人の熱意に負けたというのもあるけれど、一番の理由は優しさに惹かれたからなのよ」
男女間の関係において優しさというものはよく大事だと聞くが、それでもそれは最低限必要なものであって、重要視されるものではないはずだ。
だというのに、母上は本当にその優しさだけで結婚されたのだろうか。
「……ショウ、あなたはユーエルのことをどう思っているかしら?」
「それはもちろん大事な弟ですとも」
生まれた時は嬉しかったし、暇な時は何度も遊んでやった。
俺のような血統チートを持たずに生まれてきたが、王族としてではなく家族として守ってやろうと思えるくらいには大切だ。
「ええ、そうね。 けれど、あなたと違って強くもなく賢いわけでもない。 それどころか、普通の子よりも遅れている。 だからあの子を産んだのは失敗であったと考える者もいるくらいです」
母上が目を細めて庭園で幸せそうに遊ぶユーエルを見る。
「あの人はとても優しい、だから沢山の人に幸福になってほしいと思っている。 だから、あなたにそう言い、今のように振舞っているのでしょうね」
親父殿は有能な者達による楽園よりも、無能な役立たずでも笑って暮らせる酒場のような国がいいと言っていた。
それはつまり、もしも何かがあって何の取り得を持たないユーエルが玉座についたとしても、ただ官僚から言われることを頷くだけで幸福な一生を過ごせる国ということだ。
「本当……変わらないわね、あの人は」
優しく、それでいて安心したような笑顔を母上が浮かべる。
俺は、やろうと思えば世界を思うがままにするだけのチートと実力を持っている。
だから、自分の理想とする国を作るというのはそう難しくない。
何故なら自分がそう指示し、言い聞かせ、場合によってはチートを使えばいいだから。
だが、親父殿は国政に関してほとんど自分から口出しをしない。
だというのに、己の理想に近しい国へと導いている。
ニコポとナデポというチートも使わずにだ。
どんなチートを持つ転生者ですら実現できなかったことを成し遂げるあの人を……息子である俺は、超えられるのだろうか。
いや……超えなくても、あの人は笑ってすませるだろう。
何故ならそういう国にしようとしたのがあの人だからだ。
それでも俺は―――あの人に認められず、諦められるのだけは我慢ならなかった。
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