第5話:婚約破棄

 メレクと俺が落下した事件から三週間が経過した。 


 それで、先ずあの一件については完全に俺の落ち度である。

 正式な謝罪をすると言ったのだが、それは親父殿に止められてしまった。


 というのも、今回のお茶会そのものは失敗することも織り込み済みであり、その際に何か問題があっても"子供のしたこと"として最初から処理するつもりであったらしい。


「いや~、コミュニケーション不足とかの失敗は予想してたが、まさかいきなりニコポとナデポの両方を使うとはな。 そんなに女の子にがっつくだなんて、予想外だったよ」

「ちげぇよ! 普通にニコポとナデポがどれだけ凄ぇか確かめたかっただけだよ!」

「あまりにもその子が魅力的だったから力を使ったというのと、ただ実験台にしたかった、どちらがマシに聞こえる?」


 親父殿の言い分に言葉が詰まってしまう。


「前者の方が女性にも恥をかかせないで済む。 そういうことにしておけ」

「……分かったよ。 けど、それはそれとして謝罪には行った方がいいだろ」

「残念だがメレク嬢は今面会謝絶中だ、諦めなさい」

「まさか、チートの後遺症か」

「そういうのじゃないから安心していい。 ただまぁ、なんだ……やるじゃないか息子よ」


 ―――と、クソ親父が親指を立てていたのだが、何があったんだよ。

 まぁ謝って簡単に楽になるのを許さないとかそういうのだと思えば納得できる扱いでもある。


 そして今、ようやく俺はパーティー会場に入ろうとしていた。


「王子、本当によろしいのですか?」

「ああ、これくらいはやるべきだろ」


 付き添いのシール先生と共に入場すると、会場が一気にざわついた。


「な、なんだアレは」

「鉄……仮面……?」


 いつもならば我先にと王族である俺に挨拶しに来るのだが、誰も近寄ってこない。

 それもそうだろう、なにせ美貌がウリのティファレト国の王族が顔を隠すどころか、威圧的な鉄仮面なんかをつけているのだ。


 生半可な覚悟で声なんかかけられるわけがねえ。


 ズカズカと会場を歩くと、まるでモーセのように人の波が割れていく。

 そうして被害者であり、このパーティーの主役であるメレク嬢のところまでやってきた。


「これはこれはお嬢様、ご機嫌は如何かな」

「ショウ、王子……? そ、その仮面は一体……」

「あぁ、これがあれば俺の顔は見れねぇだろ? つまり、ニコポのチートは使えねぇってことだ。安心したか?」


 ニコポの発動には笑顔が必要である。

 だから、この鉄仮面はニコポとナデポを安易に使わないという決意だ。


「それとメレト嬢、お前との婚約をこの場で破棄することを宣言する」

「えっ!?」


 そしてこれは俺へのペナルティである。

 今回の一件、お互いの親が織り込み済みだったとはいえ、いきなり洗脳してくる男とこれからも付き合うなど、この少女からすれば勘弁願いたいものだろう。

 しかし親から言われれば嫌とは言えないのが貴族である。


 だから俺が親が決めた婚約を一方的に蹴り、泥を被ることにした。

 これならキッチリ縁が切れるし、無理に付き合おうともしないだろう。


 俺への評判は悪くなるだろうが、望むところだ。

 年下のガキに泣かれるくらいなら、罵詈雑言を浴びるくらいどうってこたぁない。


 ま、王子である俺に面と向かってそんなこと言える奴がいないだろうがな。


 さて、これでここに来た目的は果たした。

 このまま俺が居座っても場が白けるだけだろう。


「あの、王子。婚約破棄の理由は一体……わたくしに何か落ち度でもあったのでしょうか」


 少女から問われ、ようやく理由が必要なことを思い出した。

 ぶっちゃけ何でもいいのだが、悪役に徹するなら暴論の方がいいだろう。


「俺のことを何も知らねぇ奴と結婚なんざできるかよ」


 それだけ言い捨て、俺はさっと会場を去った。

 これで親父殿やら官僚共は大混乱のてんてこまいだろうが、知ったことか。

 勝手な都合を押し付けた自分らと俺を恨め。

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