第49話:世界創造

 ツァーカム城跡にある地下祭壇へと繋がる階段を2人が歩く。

 1人はショウ、もう1人はタイロック。

 何故2人なのかと言うと、キリエとアルフはまた担がれているからである。


「テメェは本当に体力がねえなァ!」

「死ぬ気で走ったんだからしょうがないでしょ!」


 タイロックに担がれているアルフは元気よく言い返すが足がピクピクと痙攣している。

 文字通り死力を尽くして彼らを守ろうとしたのだから仕方が無いことだろう。

 一方でキリエはというと、主人であるショウに担がれていた。

 ただしお姫様抱っこという甘酸っぱいものではなく、米俵とかそういう感じで。


「ってかオメーもオメーだよ、ヒールくれぇで歩けなくなるとかどうなってんだ」

「いやぁ、歩けない理由はそうじゃなくてぇ……」


 キリエが真っ赤になりながら顔を隠すのを運ばれてるせいだと思っているショウは悪態をつきながらも丁寧に運んでいた。


「せ、せめてタイロックと交代してくださぁい」

「ショウ様、ぶきっちょ、仕方ない」

「ハァ!? 運ぶくらい楽勝だわ! 黙って運ばれてろ!」


 ショウがあまりにも強情なせいでキリエは真っ赤になりながら運ばれ続ける。

 そんなキリエが唐突にタイロックの方へ押し付けられたのは、階段を降りきった先にある大きな通路に出た時であった。


「やぁやぁ、待ってたよ王子様。 無関係な信者達を殺してここまできた感想はどうかな?」

「テメェもその中のひとりにしてやる、咽び泣いて感謝しろ」


 アングリムの言葉を受けても、ショウの心にはさざ波ひとつ立たない。

 戦闘力にばかり目がいくが、このメンタルも彼の強さの由縁である。


「そんなことを言ってられるのも今だけさ。 なぁティルフィング!」


 自身の優位を疑うことなく、アングリムが魔剣を抜いた。


「我が願うは不死、剣聖、チート殺し。 今こそ我に祝福を、敵対者に死を与え給へ!」


 アングリムの詠唱によってティルフィングはその祝詞の通り、持つ者に不死と剣聖のスキルとチート無効化の祝福を与えた。


「ほぉ、面白い玩具持ってきてんじゃねぇか。 実験台にゃ丁度いい」

≪内にこそ広がる世界あれ、裏返りし世界の支配者は我なり≫


 ティルフィングの力によって自身のチート能力が無効化されたことを知りながらも、ショウは不敵な笑いを浮かべて呪文を詠唱する。


「実験台? 残念だけどここはキミの処刑場だよッ!」


 アングリムがショウの懐まで一足で踏み込み、先ずはその左腕を切断した。

 だというのにショウは痛みに苦しむどころか笑ったままである。

 それどころか左腕からは血の一滴すら出ていない。


「なっ……!?」


 あまりにも異様な立ち振る舞いに、アングリムが息を呑み後ろに下がる。

 だがその姿をショウがせせら笑った。


「へっへっ、どうした。 それで終わりか?」

「手も足も出ない奴が偉そうに!」


 そして今度はショウの全身を細切れにしてしまった。

 だというのに、ショウの肉体は地面に落ちることなく、白い糸に引き寄せられるかのように再び元の身体へと戻ってしまった。


「まさか、身体を霧にしてるのか!?」

「おう、正解だ。 賞品をくれてやる」


 ショウが指先を軽く振るうと稲妻がその指先から迸り、アングリムの身体を貫いた。


「が……あ……っ!?」

「まぁこの程度じゃあ死なねぇだろうな」


 雷と同等かそれ以上の電撃によってアングリムの身体は大きく跳ね、痙攣し身動きが取れなくなってしまった。


「ば……ばか、な……えいしょう……は……どう……した……!?」


 アングリムの動揺も無理はない。

 呪文というものはエーテルを利用してあらゆる現象を実現させるプログラムのコードのようなものである。

 無詠唱でそれが可能になるというのは、白紙のテキストで勝手にゲームが動くというくらいに出鱈目なことであった。


「呪文の詠唱ならさっきからずっとやってるぜ、俺だけの世界でな」


 そう言ってショウが自分の胸元を叩くと、わずかな亀裂が見えた。

 彼は一度シンデレラに理想の世界へと引きずりこまれた。

 そこでの出来事は彼にとって最悪の気分にさせたが、その世界を創るという発想に着眼した


 そうして最初の呪文で彼は己の内側に新たな世界を作り出したのだ。

 世界の創造者は己自身。

 その世界の中でなら彼はどんなことでも可能である。


 彼はその小さな世界に自分のアバターを用意し、そこで詠唱させる。

 これによりショウは世界で初めての、技術による擬似的な無詠唱を実現させたのであった。

 とはいえ、この方法には大きな問題がある。


「そ、そんなこと……むりに、きまっている……!」


 呪文というのは発生させる現象が大きければ大きいほど消費する魔力からエーテルに変換する量が増大する。

 小さいながらも世界をひとつ作るなど一個人でどうこうできるものではない。


「無理じゃねえ、俺ならできるんだよ。 テメェは俺のチートを無力化したが、魔力の総量そのものは変化してねえからなァ!」


 つまり、チートによってショウの魔力は増幅されていたが、一度取り込んだ魔力を溜める器そのものはそのままである。

 だから彼は無尽蔵とも言えるを魔力をふんだんにエーテルへと変換し、世界創造・霧化・攻撃呪文を行っているのだ。


 ショウが指を1本立てる。

 再び雷撃が放たれアングリムは再び身動きが取れなくなる。


 ショウが2本目の指を立てる。

 雷撃と同時に蒼い炎がアングリムを身を黒く焦がす。


 ショウが3本目の指を立てる。

 雷撃と、蒼い炎と、数百倍の重力圏によってアングリムが潰れる。


 しかしそれでも彼は死なないし諦めていない。

 何故ならティルフィングがある限り、彼には不死の祝福が約束されており、ショウには死の運命が刻一刻と近づいているからだ。


 実際にショウの魔力は無限にあるわけではない。

 このまま無策に攻撃し続けたところでいずれは魔力が尽きて殺されるであろう。


 だがそんなこと、ショウはとっくに知っている。

 だから敢えて殺傷能力が高い呪文ではなく、あくまで身動きを制限する呪文を唱えているのだ。


 まるで実験台になったカエルのように痙攣するアングリムにショウは見下しながら話しかける。


「テメェの敗因を教えてやる。 ひとつ、無敵じゃなくて不死を願ったこと。 ふたつ、チートを無力化したのはいいが呪文も封じるべきだったこと。 そしてみっつ―――」


 ショウはティルフィングを掴むその手を踏みつけて狙いをつけた。


「テメェの剣を破壊不可能にするべきだったなァ!」


 魔剣ティルフィングはかつて異世界転生者がチートを使って手を加えた逸品であり、並大抵の方法では破壊することが不可能である。

 だがショウはその並大抵以上の火力を単騎で実現できるだけの力を持っていた。


 彼は内側の世界に100を超えるアバターを用意し、高重力呪文を一斉に唱えた。

 その出力はあまりにも圧倒的であり、時空が捻じ曲がって見えるほどであった。

 そして霧化しているショウはまだしも、それに巻き込まれたアングリムの身体は原形と留めないほどに圧縮される。


「アアアアガアアアアアあああああああ!?!?」


 既に彼に痛みという感覚はなく、意識ですらすり潰されて残っていない。

 それでもティルフィングがある限り彼は死ねない。


 しかしそれも数十秒のことだった。

 時空が歪むほどの高重力に晒され続けたティルフィングが徐々に曲がり、捻り、そして小さく小さくなっていき……完全に折れた。


 不死の呪いが解けたアングリムは、その痕跡すら残すことはなく、魔剣と共に消滅したのであった。


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