第27話:凄惨なるニコポとナデポの使い方
切り札も潰され、少女に残された手は洗脳しかない。
洗脳といってもその種類は数多くあり、少女の持つソレは信じる心に拠るものだ。
端的に言ってしまえば、わずかでも少女を信じてしまえば絶対に疑えなくなるというものである。
たとえば少女が名乗り、それを信じただけで言われるがままの奴隷を化すという恐ろしい洗脳チートである。
少女はそれを最初からずっと使い続けているにも関わらず、目の前の男には一切効いていない。
同じ洗脳チートを持っているだとか、無効化しているというわけではない。
ただ男が少女の言うことを一切信じていないだけだ。
会話が成立しているように見えてその実、男はただ独り言を喋っているだけなのだ。
それもそうだろう、父の遺体を見た瞬間から男にとって相対したものをヒトとして見ることを止めた。
ヒトではないものと対話などできるはずもないのだから。
「この……化物めッ!」
少女が捨て台詞を吐きながら後ずさりするが、逃げるよりも速く男の手が頭を掴んでしまった。
「さぁて、それじゃあ最後に残ったお前にゃ俺の鬱憤晴らしとして……なんだァこれは?」
頭を掴む手に何か違和感を感じたのでその箇所を見てみると、なにやら刺繍のようなものが埋め込まれているのが見えた。
「や、やめろ! それに触るな! それはアルフのチートだ、アルフのものだッ!」
男がそれに触れてから明らかに少女の様子がおかしくなった。
先ほどまでも確かに男を恐れていたが、今はまるで生きたまま怪物に食い殺されるかのような有様である。
「お願いだから、それ触らないで! 何でもする、何でも喋る、首の場所だって言う! だからそれは取らないで! アルフが、アルフじゃなくなる!」
その少女の狂乱ぶりを見た男は、今まで一度もしなかった程の下卑た笑みを浮かべた。
「いいだろう、そんなに嫌なら取らないでおいてやる」
≪だから≫ ≪お前が≫≪取れ≫
男は最大出力の【ニコポ】による洗脳を少女にかけた。
かつて婚約者であった女の子に使ったものに比べれば、元の人格が消えるほどの強さのものである。
それほど強力な洗脳を突如かけられた少女は膝から崩れ落ち、虚空を見るかのように固まってしまった。
「……失敗か?」
「ぁ………」
男が首をかしげて見ていると、少女の見に明らかな異変が起こりだした。
「あ"あ"あ"ガガガギガガガゴガガギグググガガ!?!?」
全身が激しく痙攣し、見開かれた目から大きな涙が流れ続け、口や鼻からも体液がとめどなく溢れ出ており、失禁までしている。
「クハハハハッ! おいおいマジかよお前!? まさかニコポとナデポに抵抗できてんのか!? すげぇじゃねぇか、ちょっと見直したぜ」
だがそんな言葉とは裏腹に男は更なる追い討ちをかける。
「じゃあ【ナデポ】も追加してやるよ」
そう言って男は赤子に触れるかのような優しい手つきで少女の頭に手を置き、最大出力のナデポを使用した。
「イ"イ"ッ!? イギッ! ダメ"! イ"イ"ッ!? ダメ"! イ"ィッ!? ダメダメイ"イダメイ"イ"イ"ィィィ!?!?」
少女は洗脳への抵抗によって、痙攣どころか全身のあらゆる箇所がねじ切れんばかりの体勢になってしまった。
しかし少しずつ、少しずつ少女の手が自分の頭に伸びていく。
その身が中身を捻り出すかのように曲がり、肉と骨から軋む音が聞こえても少女はその手を頭に伸ばしていき……遂にそれに触れてしまった。
「ギギッ! ゴガ!? ギギギゴゴゲゴゴガゲギギギィィイ"イ"イ"イ"!!!!」
手に触れた刺繍の糸を抉るように穿り、頭に埋め込まれた糸が徐々に抜けていく。
その糸が抜けきった瞬間、まるで糸の切れたような操り人形のように少女はうなだれる。
抜けた糸はしばらく身悶えしていたものの、すぐに動かなくなり分解されて消失してしまった。
ひとしきり笑った男は少女の顔を軽くはたき、意識を取り戻させる。
「オラ、ご自慢のチートを失ってどんな気分だ。 オイ、何とか言ってみろよアァン?」
「………て……」
少女が虫のように小さな声呟くが、男は何を言っているのかが聞こえなかった。
「声が小せぇんだよ、もっとデケェ声で喋れ女ァ」
「……ころして」
少女の呟きは懇願であった。
「ハッ、言われなくても殺してやんよ! だが楽に死ねると思うなよ、親父殿を殺したんだ、ユーエルにも仇討ちの権利があるんだから最期にはアイツに―――」
そこで男は違和感に気付いた。
かつて婚約者であるメレクに使った時、彼女は彼の言われるがままの人形となっていた。
だというのに目の前の少女は無抵抗どころか懇願……つまり自分の意志を現したのだ。
「ころしてころしてころしてころして! オルフを殺したアルフを! 今すぐ殺せぇぇええええ!!」
そこで遂に精神と肉体に限界が来たのか、少女はそのまま地面へと倒れて動かなくなってしまった。
「…………誰だよソイツ」
残されたのは少女と混乱した男、そして物言わぬ遺体だけであった。
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