第29話:旅の始まり

「いやオイ待てよ、さっきそこの女が言ってた厄災の黒鳥ってのはどうすんだよ」

「もちろん、対応しなければなりません。 他の10国とも協力する為にも至急連絡し、会議を開かねば。……もちろん、葬儀と戴冠式の準備も併せて」


 それを聞いたショウは心底嫌そうな顔を浮かべたが、官僚達が矢継ぎ早で様々な提案をしてくる。

 もう全部こいつらに任せてしまおうかと考えてた時、彼の母であるマリア王妃が玉座の間に遅れてやってきた。


「母上、無理をなさらず」

「か、かあさま……」

「ええ、二人も辛いのに心配をかけてごめんなさいね」


 キリエが足元が覚束ないマリア王妃を支えていたが、すぐさまショウとユーエルが隣に来てその身体をしっかりと支えた。

 病弱なせいで悪い顔色が一層ひどくなってるのを見たショウは苛立たしさを覚えた。

 そしてそんな彼の心など知る由もなく、官僚達もマリア王妃のもとへとやってくる。


「マリア様、心中お察し致しまする。 しかし今はこの国難を乗り越えねばなりません。 どうか、どうかお力添えを頂ければと……」

「もちろんです。 あの人の為にも、まだ倒れるわけにはいきません。 ただ……」

「ただ……?」

「最期にあの人の顔を―――いえ、未練です。 忘れてください」


 それはあまりにも寂しく、そして諦めたような声であった。

 そしてショウはそれを真横で聞いた、聞いてしまった。


「ハァ~!」


 ショウは大きく溜息をつき、決心したかのように頭をあげてから母を支えるのを止めた。

 そのせいでマリア王妃はバランスを崩し、ユーエルがしっかりとその身体で支えなおした。


「母上、親父殿の国はこの俺が取り戻して参ります」


 突然の発言に場は騒然となった。

 なにせ前王が死に新たな王を据えようという段階で、その後継者がそんなことを言いだしたのだ。

 だから官僚の何人かが慌ててショウに詰め寄る。


「お、お待ちくださいショウ様! 危険すぎますぞ!」

「そうですとも! それに葬儀や合同会議はどうされるおつもりですか!?」


 やいのやいのと詰め寄り官僚を無理やり手で押しとどめながらショウが言う。


「親父殿の葬儀をやるにゃどれだけ早くても一ヶ月はかかるだろ、その間に首持って帰ってくるから心配すんな!」

「ですが! もしものことがあったらどうするのですか!?」


「おう、それなら安心しな。 今からユーエルがショウ王16世になる。 それならいいだろ」


 あろうことか、ショウは母を支えているユーエルを後継者として指名した。


「えええええええぇぇ!?」


 その場に居た全員が驚きの声をあげる。

 もちろん、ユーエルにも継承権はある。

 だが彼には実績も能力もない、それどころかこの国の王族であることを象徴する血統チートの【ニコポ】も【ナデポ】もない。

 本当にただ血を引くだけの最低限のお飾りでしかなかった。


「む、むりです、にいさま、ぼくには、できません!」

「なぁに、もう母上をひとりで支えられるくれぇデカくなったんだ、お前ならできる。 それにな―――」


 それを自覚しているからこそユーエルは思い切り首を振って否定するが、ショウはそう思っていなかった。


「親父殿の理想の国ってのはな、有能な奴の楽園じゃなく無能な役立たずでも笑って暮らせる酒場みてぇな国らしい。 そう、お前が笑って王様やってる限り、親父殿の理想を叶えられるんだ」


 ショウは素顔のまま、真っ直ぐとユーエルと向き合う。


「俺にはできねェ、俺ぁ何があろうとも生きていけるくらいツエーし優秀だ。 これは、親父殿の理想を証明するのはお前にしかできねぇことなんだ」


 力強く、そして庇護すべき弟ではなく信頼できる家族としての頼みである。

 ユーエルはそれに気付いたからこそ涙を我慢し、喋ることができず、そして静かにショウの頼みに頷いて応えた。


 その返事に満足し、ショウはティファレト国の刺繍がついた上着や手袋を脱ぎ捨てた。


「ヨォシ、話は決まりだァ! 俺ァ今からただのショウだ、他の奴はこの国を守るのが仕事なんだ、間違ってもついてくんなよ」


 国家の権力に頼らず、あくまでひとりの男として復讐を成し遂げることの決意である。

 しかしそんなショウにも付き従う者達がいる。


「王子ぃ、我々もお供しますぅ!」

「タイロック、キリエ、奴隷、主人、ついていく」


 かつてショウ王から贈られたマントを脱ぎ、ふたりが跪くその姿を見たショウは嫌そうにしたものの、諦めたような顔をした。


「好きにしろォ馬鹿共」

「ハッ!」


 こうしてひとりの男と、ふたりの従者による復讐の旅が始まろうとした。


「ところで王子」

「だから俺ァもう王子じゃねぇつってんだろォ!」

「し、失礼しました。 あの、あそこの者は如何いたしましょうか」


 騎士のひとりが指差した先には、床に突っ伏している少女のアルフがいた。


「アァン? 別に好きにすりゃいいだろ」

「好きにと申されましても……」


 もしもショウが殺していたのであれば話はそこで終わりだっただろう。

 しかし彼が少女を殺さず、そして罪を言い渡してもいない。

 父であり王が死した男が何もしていないというのに、どうして騎士や官僚が好きにできるというのか。


「じゃあアレだ、好きにしていいぞユーエル」

「え?」


 兄から突然ひとりの少女の処遇について委ねられたユーエルはしばらく考え込み、名案だといわんばかりの顔をして少女に近づいていった。


「もしもし、だいじょうぶですか?」

「……なによ、ようやくアルフをころしてくれるの?」

「ころしません、しあわせになってもらいます」

「…………え?」


 アルフと周囲の者達が耳を疑った。


「にいさまがいってました、ここはむのうでも、やくたたずでも、わらってくせる国だって。 だから、あなたもしあわせになってわらわないと、だめです」

「アルフは幸せになんかなりたくない! 一刻も早く報いを受けて死なないとダメなの! アルフの為だっていうのなら今すぐころしてよ!」


 アルフが半狂乱になって叫ぶが、ユーエルは気にもとめない。


「そんなひとでも、しあわせにならないと、いけません。 しぬのはダメです、めいれいです」

「アアアアァァ!! いいから! ころして! 終わらせてよ!」

「だめ、です」


 ころせ、しあわせになれ、とにかくころせ、ダメだしあわせになれ、その応酬は見る者を唖然とさせていた。


「アイツやべぇな」

「まぁ、王子……じゃなくて、ショウ様の弟様ですからぁ」

「ユーエル様、怖い、戦いたくない」


 ショウとキリエ、そしてタイロックにすらそう言わせるほどであった。

 ここまできたらニコポとナデポで洗脳してやる方が楽なのではないかとショウは考えたが、ひとつ良い考えを思いついた。


「オイ女ァ! テメェは親父殿の首を持ってる奴の顔を知ってるな?」

「ハァ……ハァ……実際に渡したんだから知ってるけど……なに?」

「要は何の償いも報いもせず死んで楽になりたかねぇんだろ、じゃあ俺が使い潰してやるから付いてこいってんだよ」

「いいわ……行く、行くわよ! ここにいたら頭がおかしくなるもの!」


 こうしてひとりの男とふたりの従者に、ひとりの少女が加わった旅が始るのであった。

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