第25話:殺戮の大災害呪文

 男は首都より遥か南に位置する草原に着地する。

 5000の難民と400の騎士に囲まれる位置にいながらも、男は平然としていた。


「お……王子!?」


 騎士の1人が男の姿を見て驚愕する。

 それもそうだ、突如として空から王子が飛来してきて驚かないはずがない。


 男の持つチート能力は【万能戦闘技能】と呼ばれるものであり、戦闘に関連する全てスキルを自在に上げられるものである。

 たとえば剣のスキルのレベルが5もあればその国で一番の剣士を名乗れるほどであるが、男はそれを超えて10まで上げられる。

 かつて贋神を刀1本で殺した異世界転生者の剣聖チートと同等のレベルまで、全てのスキルを上げられるのだ。

 首都からここまで来たのも【跳躍】【加速】の2つのスキルを上げたからである。


「本当に王子なのですか!?」

「ど、どうしてこのようなところへ!」


 騎士が慌てふためくが、男はそれを一顧だにしない。

 ただ周囲を見渡し…………見つけてしまった。


 地面に打ち捨てられたソレには首から上がなかった。

 その衣装と紋章がなくとも男はソレが誰かを理解しただろう。

 恐らく一太刀で絶てなかったのだろう、首には切り傷が二つあった。


 そしてソレを見下す少女が1人。

 少女は城にいた暗殺者と同じローブを羽織っており、関係者であることが一目で分かった。


「おい女ァ、首はどこにやった? 言えば楽に殺してやるぞ」


 もしも男が回復や復活のチートを持っていれば、その遺体を蘇らせることができただろう。

 そうでなくとも錬金術のチートがあれば復活薬を調合できたかもしれない。


 だが男にはそのどちらもない。

 男に与えられたチートはただ戦う為だけのものであり、失われたものを取り戻すことはできない。

 殺すことと破壊する手段しか持ち得ない男は己の不甲斐なさを呪うかのように、返答が来る前に吼えた。


「やっぱ言わなくていい、今すぐ苦しみ抜いて死ねッ!!」


 男が掴みかかろうとした瞬間、少女を護るかのように騎士達が道を塞いだ。


「王子、どうかお聞きください王子! 我々は間違っていたのです!」


 王からの信任も厚かった騎士団長は男に何かを必死に伝えようとする、

 男は全くそれを意に介さず、騎士団長が反応すらできない速度でその腰にある剣を抜いた。

 まだ時間が経っていないのだろう、剣から血が地面に滴り落ちた。


「テメェら、誰に剣を向けた?」

「ち……ちが……我々は騙されていたのです! どうか王子も彼女らを、リスタート教の話をお聞きください!」


 周囲の騎士達は混乱しながらも必死に何かを訴えかける。

 その騎士達を見て、王子は落胆するかのように大きく息を吐いた。


「たとえ王族に剣を向けられようとも決して剣を向けないのが騎士だろうが……剣を向けたテメェらはもう騎士じゃねぇ、死ねッ!!」


 男は騎士団長から奪った剣を振るう。

 それだけで全ての騎士の首が綺麗に絶たれ、首と身体が地面へと落ちていった。


「あら、ひどいわね。 お国の為に命を張る騎士の命を、まるでちり紙のように捨てるだなんて」


 白いローブを羽織った少女が死体を踏みつけて前に出る。

 それに応じるかのように男も前に出た。


「ハァーッハッハァ! よく言うぜ、どうせこいつら洗脳されてたんだろ? 俺のニコポとナデポで上書きして正気に戻ったところで、王殺しの罪で自害する。 それなら俺が殺してやるのが情けってもんだろ!」


 男は鉄兜越しでも分かるくらいに大笑いし、少女もそれに釣られたかのように薄く笑った。


「そう……じゃあ何の罪もない人達ならどうかしら?」


 少女が指を鳴らして合図をすると、先ほどまで人形のように動かなかった5000の難民が一斉に男へ向かって歩き出した。

 一糸乱れぬその行進から、かなり高いレベルの洗脳であることが伺えた。


「悪くない、私は悪くない……」

「私は真実を見た……正しきを見た……」

「信じよう……これが信じる道……」


 難民の群れは武器といえるようなものを持っておらず、ナイフや棍棒……果ては近くにあっただけの岩を担いで男へ行進している。


「クスクス……愛すべき5000人から殺意を向けられてどんな気分かしら」

「羽虫の音がうるさくて聞こえねぇよ」


 少女の煽りに対して男は面倒くさそうに返す。

 無論、男がその剣を振るえば1秒で皆殺しにできる。

 だが騎士と王を殺した剣を向けるのもなんだかなぁといった感じでその手の剣を見つめた後、適当に投げ捨てた。


「だから静かにさせてやる」

≪我は天、我は降り注ぐもの≫

≪あまねく大地に差別も区別もなく分け与えるもの≫

≪恵みの慈悲は汝らに常しえの眠りを与えるもの≫

≪なんびとたりとも妨げること適わず≫


 男が呪文を唱えると空に曇天が広がり始めた。

 体内の魔力をエーテルに変換して事象干渉するのが呪文である。

 そしてその文や効果によって消費されるエーテル量も跳ね上がるのだが、天候呪文はその中でも上位に位置する。


 だからこそ少女は理解できなかった。

 それだけの魔力を使うのであれば、それこそ攻撃に特化した呪文を使った方が圧倒的に効率がいい。


「呪文士、念のために抵抗呪文よ」

「かしこまりました、アルフ様」

≪我らは拒絶する、我らは否定する≫

≪源なるエーテルは我らの前で霧散する≫

≪始原の摂理が万能を破壊する―――≫


 少女の命令によって、群集に混じっていたリスタート教の信者が抵抗呪文を唱える。

 エーテルによって作られたものを無差別に元のエーテルへと返す霧の呪文。

 全ての呪文を無効化できる基本であり究極の呪文だ。


 空から小雨が降り注ぐが、エーテルに作られたものであれば地面に滴る前に霧散する。


「なんだ、ただの雨じゃ……イタッ!?」

「大変です! 雨が……雨が抵抗呪文どころか身体も貫通してきます!」


 少女が雨粒の触れた手を見ると、そこには綺麗で小さな穴が空いていた。

 驚きは2つある。

 1つは呪文によって作られた雨が人体に穴を空けるほどの威力を持っていること。

 もう1つは抵抗呪文を貫通してきたこと。


 かつて男は自身が持つ魔力を有効活用できないかと頭を悩ませていた。

 並大抵の敵ならば腕力だけでぶちのめすことができるが、だからこそ呪文対決でそんな手段をとるようなことをプライドが許さなかった。


 そうして男は自分だけの呪文を開発してしまった。

 たとえばこの天候魔法、雨に貫通の属性を付与しているのでどんな防具も肉体も貫き殺せる恐ろしい呪文なのだが、消費される魔力量が膨大すぎて男以外は単独で使うことができない。


 男はその燃費が最悪な呪文をさらに改良した。

 雨粒1つ1つに回転する気流が発生するように大気を改造し、抵抗呪文の霧を貫けるようにしたのであった。

 最早これは天候呪文どころではない、大災害呪文である。


「あああああああ! 腕、腕がっ!?」

「痛い痛いイタイイタイいたい!」

「ヒイイイィィ! ドコ、ドコニニゲレバ!?」

「許シテ! モウ! 許シテ!!」


 大雨ならば一息に死ねただろう。

 小雨であるが故に簡単に死ねなかった。

 ありとあらゆる悲鳴と断末魔、そして絶叫が雨の中に響き渡る。


 空に再び青空が戻った時には、もう何の音もなくなっていた。

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