第8話 もうツッコミが追いつきません……
「奥って……それって、大魔境の中に住んでいらっしゃるってことですか……!?!?」
ライゼが尋ねてきたので俺は答える。
「うんまあ、でも俺は赤ん坊のころからずっとこの中に住んでるから、外で大魔境とかって呼ばれてるのは知らないな」
「えぇ……ずっと……!? それにしても、大魔境を知らないなんて……」
「一度も外に出たことないしな」
「えぇ……!??!?! ずっと大魔境の中にいるんですか!?!?!」
「うん」
なにもそこまで驚かなくても、と思うくらいに、彼女らは驚いた。
そこまでおかしなことだろうか?
俺にとってはこれが当たり前だから、わからない。
「人と会うのもこれが初めてだ」
「で、でも……それならレルギア殿の非常識っぷりも納得だな……」
「いやぁ……そんなに非常識なのか、俺は」
「それはもう……さっきから驚きっぱなしだ。こっちは……」
ティナにあきれられてしまう。
「一度も、森の外に出ようとは思わなかったのか?」
「まあな。外に出るのは危険だってアイリが言ってたからな」
「それって外に出るとレルギア殿が危ないっていうより、レルギア殿のせいで外が危険っていう意味なんじゃ……」
「そうなのか……? まあよくわからんけど、アイリが言うからには間違いないんだ」
またティナにあきれられてしまったようだ。
どうも俺たちの常識にはかなりの齟齬があるらしい。
外の世界がどんなふうなのか、俺にはまったく予想もつかない。
アイリという人物が気になったのか、ライゼがきいてくる。
「アイリ……さんですか……?」
「ああ、俺の母……っていうか姉っていうか、嫁っていうか……? まあ、そんな感じのやつだ」
「そうなんですか……。その方は今どちらに……?」
俺は、答えなかった。
◆◆◆
そこからしばらくまた歩いて、ようやく俺ん家の近所にまで到達する。
俺一人なら一瞬で戻れたけど、彼らの歩幅に合わせるとこんなもんだ。
大魔境とやらに入るときに、またオブライエンとやらが異議を唱えたが、ライゼによって跳ねのけられた。
ライゼは困惑しつつも、俺のことを全面的に信頼してくれているようだが、オブライエンはまだ俺を怪しんでいる様子だ。
まあ、姫を守るために過剰に警戒するのは、仕方のないことかもな。
ティナはティナでかなり俺にフランクに接してくれている。
「ちょっと家の前が散らかってるから、先に掃除するわ。ちょっと待っててくれ」
家に案内する前に、近くの木の下で彼らを待たせる。
「家の前が散らかっているって、落ち葉とかでしょうか……?」
ライゼとティナが俺の家の前を確認しようと、身を乗り出しながらきいてくる。
俺の家の前を占拠していたのは、大量の巨大魔物たちの死体だった。
「朝からこいつら襲ってきてさ……こいつら馬鹿だから話が通じなくて、倒すしかねえんだ。まったくいっつもめんどくさくいんだよなぁ……」
「あ、あの……レルギア様……」
「ん? なんだライゼ。幽霊でも見たような顔して」
「この魔物たちって、最強クラスの危険種族たちなんですけど……も、もしかしてこれらをお一人で……?」
「そうなのか? こいつらってこの辺りじゃ雑魚もいいとこだぞ? 知能も低いし……」
実際、ここに倒れている魔物たちは俺にとってはワンパンだ。
ただ数が多いし毎日のように絡んでくるし、掃除は面倒だしで、厄介なことに変わりはない。
「もうなにを見ても驚かないつもりでいましたが……これは……全部ギルドだとSSSランクの危険度に指定されている魔物ですよ……?」
「あー、そうなんだ。じゃあ結構外の世界はここよりも平和なんだな」
「そりゃあもう……大魔境と呼ばれるくらいですからね……」
さっきから自分の常識のなさを痛感させられる。
それにしてもこんな雑魚でさえそんなに恐れられているなんて、外の世界はいったいどんな感じなんだ?
「じゃあ、さっそくちゃっちゃと掃除してしまうか」
俺は家の中から掃除道具を持ってきて、それで魔物の死体を隅の方に退かしはじめた。
とりあえずはこれでいいだろう。
「あ、あのーレルギア様……そのお手に持っていらっしゃるものは……?」
またしてもライゼが俺のことを怪訝な顔で見る。
「これ? 掃除に使ってる道具だけど、これがどうかしたか?」
俺は手に持っている一本の大剣を宙に掲げた。
ちょうど形状が魔物を掃除するのに便利で、大きさもいい感じだから、いつも掃除に使っている。
まあ俺が戦うのに剣とか必要ないしな。素手で十分な場合がほとんどだ。
「あの……私の見間違いでなければその剣、聖剣イストワールにそっくりなのだが……はは……まさかな……」
「ああ、たしかこれそんな名前だったな」
「まさか……本物……!? なんだな……っく、もうなにも驚かないぞ……」
またティナにあきれられてしまった。
うちの倉庫にはアイリが昔集めてたいろんな武器や宝具が眠っているからな。
その中でもこの聖剣イストワールは価値が低いとかって、アイリが掃除道具に使い始めたんだっけ。
俺が魔物の死体をあらかた片付け終えたころ、家の裏手からロゼの声がきこえてきた。
「ワンワン! くぅーん!」
「おっと、ロゼにエサあげるのまだだった。ちょうどいい。こいつら食わせとくか」
いつも魔物の死体の後処理はロゼに食わせるか、燃やしてしまうかだ。
放っておいたら、また死体の臭いに釣られてアホで好戦的な魔物が寄ってきてしまうからな。
「ワンちゃんを飼われているんですね」
ライゼがそう言って俺に微笑む。
ようやく俺にも非常識じゃない一面があると知って、安心したようすだ。
「ああ、ロゼっていうんだ」
「私も、お城で犬を飼っています」
「そっか、ようやく俺たちにも共通点があったな! 俺もうれしいぜ」
「そうですね! レルギア様もやはり普段は普通の……」
そこまで言って、ライゼは口をあんぐり開けたまま固まってしまった。
会話をきいていたのか、家の裏手からロゼが出てきたからだ。
でも、ロゼはただの可愛い犬っころなのに、なんでここまで驚くんだ……?
「あ、あのー……レルギア様、こ、このフェンリル種は……?」
「フェンリル種? ロゼはただの犬だけど。なあロゼ?」
俺はロゼに話しかける。
ロゼを助けたときは知らなかったが、ロゼは普通に俺と会話することができる。
それだけ知能の高い犬ってことだな。
「ああ、我は犬だ」
ロゼが人語を話したことで、ライゼたちはさらに驚いていた。
でも知能の高い動物は、普通にしゃべれると思うけどなぁ。
少なくとも、このあたりの動物はみんなそうだ。
「犬は普通しゃべりませんって……」
「でも、フェンリルってのは最強の種族なんだろ? 本でそう読んだけど」
「そうですよ! それに、こんなふうに人に懐くなんて……」
「でもこいつめっちゃ雑魚だぞ? 俺にワンパンで負けるし」
「もうどこから突っ込んでいいのか……」
どうやらロゼは犬ではなくてフェンリルっていう種族だったらしい。
今日は本当に、俺の常識がまったく通用しない日だなぁ。
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