第9話 「なにがおかしいんだ?」
「とにかく座って自由にくつろいでくれ」
俺は助けた三人を家にあげて、適当にもてなす。
すると、兵士のオブライエンが俺にまた突っかかって来た。
「おい貴様、さっきから姫に対して敬語も使わないし、挙句にはこんな汚い場所に姫を座らせようというのか? なにか椅子に敷物のようなものはないのか?」
と言われてもなぁ。
俺はずっと森でアイリと二人きりだったし、敬語なんてのはきいたこともない。
それに、俺の家を汚い場所呼ばわりされちゃあ、こっちもいい気はしないってもんだ。
憤慨するオブライエンとは打って変わって、ライゼは俺の味方をしてくれた。
「これオブライエン、レルギア様はいいのです。レルギア様は助けてくださった命の恩人。しかも私たちを家に迎え入れて、保護までしてくださっているのです。大魔境に住んでいる彼に我々の常識を押し付けてはいけませんよ。郷に入っては郷に従えです。まあ、常識の違いという点ではお互い様な気もしますけどね……」
「っく……姫様がそう言われるのでしたら……」
オブライエンはそれっきり黙ってしまった。
男には興味ないし、うざい野郎だからいい気味だ。
一方でライゼは、居住まいを正すと、畏まって俺にお辞儀した。
「レルギア様、この度は改めまして、本当にありがとうございました。感謝しても感謝しきれません」
「いやいや俺は……。ただ悲鳴がきこえたから、見に行っただけさ」
続けて、ティナとオブライエンも俺に頭を下げてくる。
なんだかここまで礼を言われると、さすがに悪い気はしない。
「私からも礼を言おう。レルギア殿。感謝する」
「ふん、得体の知れないやつだが、姫を救ってくれたことは違いないからな」
それから、彼らの事情について少しばかり話してもらった。
なぜあんなところで襲われていたのか。
「我々は世界を救うために、姫様を神殿へ送り届ける途中だったのだ」
神妙な顔つきで、ティナが話を始める。
「神殿?」
「姫様には特別な力があるのだ。お告げがきて、聖女として目覚められた。姫様が神殿へいけば、きっと世界は平和になる」
「へー……」
「しかしその途中で、裏切りにあい、何者かの手によってこの森へ……」
「ふーん」
ていうことは、さっきのは盗賊っていうわけじゃなく、裏切り者が送った刺客とかだったのかな。
だとしたら、俺が近くにいても言葉を話せたことにも合点がいく。
ただの盗賊団が、そこそこの魔力なんか持っているのはおかしいからな。
「……って、興味なさそうだな。レルギア殿」
「まあ、俺には関係ない話だからな。この森が俺のすべてで、世界の平和とかってのには興味がない」
「そうか……だが、助けていただいたことは感謝している。あなたは間接的に世界を救ったも同然だ」
「とりあえず今夜はとまっていってくれよ。明日にでも、森の外へ送り届けてやる。安全は保障する」
「ああ、ありがたい。そこまでしてもらえるとは……」
ティナは俺に感謝の意を示し、握手を求めてきた。俺はそれに応える。
「それにしても、レルギア殿はいったい何者なのだ……。こんな大魔境に一人で……しかもこれほどの能力を持っている」
「いや何者っていわれても、俺は俺だ。ただここに住んでいるだけだよ」
ティナの切り出した話題に呼応するように、ライゼが話に加わる。
「そういえば、きいたことがあります。大魔境に住むという大賢者の話を。しかし、それはおとぎ話だったのでは……」
「そうなのか? 俺以外にはほとんど誰も住んでいないけどな?」
もしかしたら、アイリのことを言っているのかもしれない。
俺を拾う前から、アイリは長い間この森に住んでいた。
おとぎ話にもなっているくらいなのだから、かなり昔のことだろう。
数百年前の話ならそれこそ俺はまだ生まれてもいないし、アイリのことで違いなかった。
大方、大魔境を訪れた人間の誰かが、アイリを見て大賢者などと呼んだのがはじまりなのだろう。
「レルギア殿は賢者様だったということか! それならその強さにも合点がいくな!」
「いや、俺のことじゃないって……俺、人と会ったのこれが初めてだし」
なんだか話がややこしい方向にいってるな。
彼女たちはすっかり俺のことを賢者だと思い込み始めているようだ。
ライゼはしばらく考え込んだあと、俺にとんでもないことを言った。
「レル……いえ、大賢者様! お願いです。この森を出て、世界を救ってください!」
「いやです」
「え……」
「だって、俺賢者じゃないし。それに、俺には関係のない話だ」
「そ、そうですか……すみません、無理を言ってしまって……」
「いや、いいんだ。気にしないでくれ。それより、晩飯にしよう」
ライゼが目に見えて落ち込んだので、俺は飯を作ることにした。
俺には彼女らのいう世界平和がどれほど大事なことなのか、よくわからない。
とりあえず今俺にできることは、彼女らを安全に家に帰してやることくらいだ。
俺は森に生えている食材なんかで、いつも食べてるような料理を適当にふるまった。
それなのに――。
「すごい、どれも幻の高級食材だ……ゴクリ」
ティナは生唾を飲み込んで舌鼓を打った。
どれもその辺に生えている草やキノコ、それから魔物や動物の肉を使っただけの料理だ。
だから俺には彼らの言ってるような価値がある食材だとは思えない。
「そうなのか? そこらへんに生えてるぞ?」
「えぇ!? さすがは大魔境だ……恐ろしい……」
姫が食事を口にする前に、オブライエンがその皿を取り上げた。
「姫様、これは私が毒見をします」
「オブライエン……大丈夫ですよ。レルギア様の作ったものですから」
「いえ、さすがにそれはいけません。食中毒などの恐れもありますから、念には念を入れよです」
先にオブライエンが一口味見し、それから姫に食事を促す。
まあ、姫様ともなるといちいちこういった面倒くさい工程が必要なのだろう。
「よし、大丈夫です」
「ありがとう、オブライエン」
ようやく一口、口にすると、姫は声を上げてよろこんだ。
「んんーーーー♡ 美味しいですぅ!」
「それはよかった」
姫様ともなるといい食事を食べなれているだろうから、俺の料理なんかで満足してもらえるのか不安だったが、それは杞憂だったようだ。
大魔境で得られる食材は、どれも外の世界では高級食材や幻の食品とされているものばかりなのだという。
ひとしきりみんなで食事を楽しんだあとは、それぞれに部屋を貸して就寝の準備をする。
姫様を一人きりにするわけにはいかないらしく、ティナが同室で眠るそうだ。
アイリの部屋を野郎に貸す気はないので、オブライエンにはリビングのソファで寝てもらう。
まあ、屈強な兵士なのだからそれくらい我慢してもらおう。
深夜になって、事が起こった。
オブライエンがこっそりと姫の部屋へと忍び寄ろうとしていた。
「おかしい、確かに毒は回っているはずなのに……」
俺はすかさず、奴の後ろから近づき、首筋に刃を突き立てた。
「なにがおかしいんだ?」
オブライエンは幽霊でも見たような顔で固まった。
俺を出し抜こうなんて、100年早い。
俺に、嘘は通用しない。
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