第3話 「あれはトカゲじゃろ」▶「犬じゃな」
アイリに魔法のイロハを叩き込まれた俺は、すっかり一流の魔術師と名乗れるほどになっていた。
といっても、俺以外の人間がどの程度のレベルなのかわからないから、実感が湧かないけど。
俺はあくまでアイリから見た評価でしか、自分を判断できない。アイリ曰く、すでに国家魔術師級の実力はあるらしい。
けれど、師匠であるアイリがアイリだから、それでも俺は自分の実力をあまり高くは見積れなかった。
アイリにかかれば、山一つ一瞬で消滅させたり、とある種そのものを一晩で根絶やしにするくらい、造作もないことなのだ。
それに比べれば、まだまだ俺の魔法なんて、かわいらしいものだった。
アイリは魔法以外にも、様々なことを教えてくれた。
「なあ、あれってドラゴンの仲間?」
俺は尋ねる。
遠くの空に見える、翼の生えた生物。それを指さして。
ぱっと見ではアイリとさほど変わりのないように見えるが、よくみると違う。
なんというか、その生物は、アイリと比べると
「ああ、あれはな。トカゲじゃ」
「え……? そうなの……?」
俺にはどうみてもドラゴンにしか見えないんだけどな……。
ドラゴンの仲間にも、いろいろ種類があるのかもしれない。
「なあ、空飛んでるけど、ほんとにトカゲなのか?」
「どう見てもトカゲじゃろ。あれは」
「ふーん……じゃああれはドラゴンじゃないのか」
「そりゃそうじゃ! あんなのと我を一緒にするでないぞ!」
「わかったわかった。そんなに怒らなくても……」
まあ明らかにアイリと比べれば弱そうだもんな……。
ドラゴンにも格があるのだろう。
あれは一番下っ端のトカゲってことなのか。
俺はアイリの説明を鵜呑みにした。
「我は偉大なるハイヤードラゴンじゃぞ? あんな羽根の生えたトカゲとは一線を画す生き物じゃ」
「そっかぁ。じゃあ、本物のドラゴンは?」
「目の前におるじゃろ」
「じゃなくて、アイリ以外で」
「うーむ、昔は何体かおったんじゃがなぁ。今はどこでなにをしているのか知らん」
「ってことは、ドラゴンってアイリくらいしかいないのか?」
「ま、基本はそうじゃな。我以外は全部トカゲじゃ」
「へー」
俺って、ずいぶんすごい人(龍)に拾われたんだなぁ。改めて実感する。
あんなデカい生物をただのトカゲと言ってのけるんだからなぁ。
◆◆◆
俺たちの住む森には、いろんな生物がいた。
空を自由に
他にも食料となる生物や、襲ってくるモンスターなんかもいた。
モンスターたちは俺のいい修行相手になってくれた。
そいつらの種類や見分け方も、全部アイリが教えてくれた。
はっきり言って俺は、溺愛されていた。
なにをするにもアイリが一緒だった。
ある日のこと、俺が森で修行をしていると――。
「くぅん……」
一匹の獣がこちらを眺めていた。
敵意はないらしく、のたのたとゆっくり近づいてくる。
「なんだ? 腹でも空いているのか?」
その巨大な獣をそっと撫でてみると、俺の手に黒々とした血がどびゃっとついた。
「お前……怪我してるのか……」
俺は覚えたての治癒魔法で、その傷を癒してやった。
このくらいの傷なら、俺でもなんとかできる。
「くぅーん」
元気になった獣は、俺のことを愛おしそうにペロペロとなめてきた。
真っ白でモフモフの毛並みが、とても心地いい。
たしかこの形状の動物は、狼とかっていう種類に似てるな。
だけど、やけにデカいし、ちょっと違う気もする。
こういうことは、なんでもアイリにきいてみよう。
俺は修行場からその獣を家に連れ帰った。
っていうか、俺になついて勝手について来た。
「なんじゃ? 犬を拾ってきたのか?」
「え? これ犬なの?」
獣を一目見たアイリがそういうのだから、これはきっと犬なんだろう。
なんだか釈然としないけど。
「これって、狼とかじゃないの?」
「はっはっは、レルは本物の狼を見たことないからそんなことを言うのじゃな。狼だったら今頃お前は食われとる。こいつはただのでかい犬じゃよ」
「ふーん、そっか」
前世の記憶が薄っすら残っているのか、俺には犬や狼といった動物の知識だけはあった。
だけどやっぱり実物を見たりした記憶はないので、アイリの言うことを信じるしかない。
家にある本を読んだりもしているから、たいていの場合は自分で判断できるんだけど。
犬を見るのはこれが初めてだった。
普通人間は、犬をペットとして飼ったりするらしい。本に書いてあった。
これだけ俺になついてるのだし、せっかくだから飼うことにする。
「なあアイリ、こいつうちで飼ってもいいか?」
「まあ、レルが飼いたいなら好きにするがいい」
「やった! じゃあ名前を決めなきゃだなぁ」
もしかして俺が名前を付けると、アイリが俺にしたように、こいつも進化したりするのだろうか。
俺はその犬に、ロゼと名付けた。
「じゃあお前は今日からロゼだ!」
「ガルル!」
俺がそう呼ぶと、ロゼの身体が一瞬光った気がした。
このとき俺はロゼのことをただのでかい犬だと思っていたけど、のちに知ることになる――。
ロゼの正体が、伝説のフェンリル種の生き残りであることを。
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