第29話 奴隷の少女


 ドマスを打ち負かしたことで、ドマスのもとにいた奴隷の自由が約束された。

 だというのに、その奴隷は俺のもとに来て言った。


「あの……ありがとうございます……でもその……」

「ん……? なんだ? もうお前は自由なんだぞ?」

「その……自由と言われましても、どうすればいいかわからなくて……」


 奴隷の少女は心底困った表情で、俺にすがるようにしてきた。

 今まで奴隷としてしか生きてこなかったせいで、すっかり自由というものがわからないという感じだ。


「私を、あなたの奴隷にしてください……!」

「それは無理だ。俺は奴隷なんていう制度には反対だな」

「でも……行くところがないんです……!」

「そうだな、なら俺の女になればいい」

「私が……ですか……? いいんですか……? 奴隷の女ですよ……?」

「関係ないさ。それに、身は綺麗なんだろう?」

「うう……ありがとうございます……」


 奴隷の少女は、俺の胸に抱かれ、涙を流した。

 さっそく今晩抱いてやろう。

 彼女の名はマフィンといった。

 マフィンはこれまで、ドマスのもとでひどい扱いを受けてきたのだという。

 といっても、性的なことや痛いことはされなかったみたいだが……。

 でも、荷物持ちやら肉体労働でこきつかわれ、飯もろくに食わせてもらえなかったそうだ。

 なにより彼女には愛情が不足していた。

 数々の暴言を王族たちから吐き捨てられ、自尊心がズタズタに傷ついていた。

 そんな状況だったから、俺に助けられたことを、心底喜んでくれたようだ。

 だが、それにどう応えればいいかわからないようでもある。

 俺は、そんなマフィンを大魔境にある自宅に連れて帰った。


「さあマフィン、たくさん食べてくれ」

「ええ……!? レルギア様、これって……高級食材ばかりですけど、いいんですか!? 私なんかが食べても……」

「もちろんだ」


 大魔境にある高級食材をふんだんに使った、心のこもった料理でもてなしてやる。

 マフィンは今までろくに食べてこなかったのもあって、ひどくやせ細っていた。

 久しぶりのまともな食事に、マフィンは無言でかじりついた。


「いつも王族のみなさんが食べていた高級な食事を、私も食べられる日がくるなんて……」

「これからは毎日、いつでも食わせてやれるぞ」


 俺も無責任に奴隷を解放しようなんて思ったわけじゃない。

 ちゃんと解放したあとは、こうして面倒をみてやらないとな。

 それに彼女は、ちゃんと綺麗にすれば、とてもかわいらしい見た目をしていると思ったのもある。


「そういえば、マフィンはエルフなのか?」

「はい、私はエルフ族です。ですが、村を焼かれて幼いころに奴隷にされてしまって……」

「そうか……それはつらかったな……」


 いったい誰がそんなことを……許せないな。


「うう…………」

「ど、どうした……!?」


 するとマフィンは急に涙を流し出した。

 俺が過去の話をきいてしまったのがいけなかっただろうか。

 悲しい記憶を思い出させてしまったかな。


「すまん、嫌な記憶を思い出させてしまった」

「ちがうんです……こんなに優しくされたのが初めてで……うれしくて……」

「そうか……ゆっくりでいい。これから一緒に、この生活に慣れていけばな」


 その晩、俺はマフィンを抱いた。


「レルギア様、本当にうれしいです……。レルギア様のような強くて優しい方の、女になれて……」

「俺もうれしいよ。マフィンのような可愛い子の笑顔が見られて」

「え? 私、笑顔なんて……」

「ほら、ようやく笑ってくれたな」


 これまで笑顔なんて忘れてしまったかのような表情だったが、こうして丸一日一緒に過ごすと、ようやく心を開いてくれたみたいだった。

 そんなか弱く、傷ついてしまったマフィンを俺はこれから守ってやろうと決めた。


「あの……やっぱり私を奴隷に……」

「それはだめだ」

「でも、ただで置いてもらうわけには……」

「そうだな……だったら、俺たちの留守の間、この家で家事とかを頼もうかな」

「わぁ……! ぜひ! うれしいです! ありがとうございます!」


 自分に役目が与えられたことで、マフィンは安心したようだった。

 とことん自尊心が低くなってるから、なにか役割がないと、捨てられないかと不安なのだろう。

 本当は別になにもしなくてもいいんだがな……。

 でも、マフィンが家にいてくれるのは本当に助かる。

 もしアイリが帰ってきたときに、誰もいないと困るからな。

 マフィンには、アイリが帰ってきたら引き留めるようにと伝えてある。

 おかげで、俺は安心して家を空けられるようになった。

 みんなとも、マフィンはすぐに打ち解けた。

 もう、マフィンにさみしい思い、惨めな思いはさせない。

 これからは、俺たちが家族だ。

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