第4話 暗根ヤミ、視聴者1人です。

「さっきより全然楽に戻ってこれたな。やっぱりレベルが1でも、身体にだいぶ強化が入ってるんだな」


 最初にスライムを倒した場所まで止まらずに来たのに、体力は殆ど使っていない。

 リボルバーの反動も、さっきは腕が跳ね飛ぶほどでは無かったことを思い出す。


「これは『勇者症候群』になる人がいるのも納得だな」


『勇者症候群』。簡単に言ってしまえば、力が手に入って調子こいちゃう人の事だ。

 小馬鹿にしてはいるが、事前に講習で言い含められたり、テレビのニュースで取り上げられたりしてなかったら、自分も患っていた自信はあった。


「取り敢えず、タイトルは同じままで……よ、よし。配信開始だ」


 スマホを片手間で操作して、そのまま配信を開始する。

 ──設定はさっきまでと同じだから、特に配信が正常にされているかを見る事もなく、ヤミはサクサクと山道を下っていく。


 特に敵の気配がわかるような特殊な技能や、スキルと呼ばれる肉体の変異も発現していない。

 そのため、ある程度視界の確保された道からは外れないように歩みを進める。


「それにしてもこの迷宮には、歩きやすい道があってよかった。これで荒れた道しかなかったら、きっと奇襲受け放題だっただろうなぁ」


 この迷宮は、一本道を除いて鬱蒼とした木々に囲まれており、一度この暗い森の中に飛び込んでしまえば、夜空の光も通さない暗闇の中で、敵の位置はおろか、自分の位置も分からないまま戦う羽目になってしまうだろう。


 本来、迷宮が作り上げた自然の山なら、獣道のような、人の手の入っていない道がほとんどのはずだ。


 しかし、ここは現世に影響を受けているのか、歩きやすいように整備された道が存在していた。


「……何か聞こえた」


 暫く歩いていると、草むらからガサガサという音が聞こえてくる。

 それは風で揺れているものではなく、何かがコチラに向かってくる音だった。


「──っ、コボルドッ!」


 素早く飛び出してきた茶色の二足歩行の獣は、鋭い爪の生えた手でこちらを切り裂こうと走ってくる。

 既に構えていた壱式リボルバーの銃口から、対モンスター用の弾丸が放たれる。


「なっ、速い!?」


 後退しながら放った弾丸が狙った箇所を通過する頃には、そこに既にコボルドの姿はなく、ヤミの近くまで迫られていた。


 銃や弓といった遠距離武器を使う際には、現在ある敵の位置ではなく、少し未来の敵の位置を予測して攻撃する【偏差撃ち】と呼ばれる技術が存在する。


 近距離であればまだ必要ないだろうと考えていたが、魔力によって強化された肉体を持つ存在を軽んじていたようだ。


 次弾の発射は間に合わず、コボルドの爪が胸元を切り裂こうと迫る。咄嗟に左腕を身体とコボルドの間に差し込むと、金属がぶつかり合う音が辺りに響く。

 腕についた手甲は役割を果たし、コボルドの攻撃を見事に防いだ。


『ギャアッ!!』


「っ、いってぇ!?」


 怪我はしていないが衝撃までは防ぎきれず、コボルドとヤミは互いに腕を痺れさせる。

 空白の時間が生まれたかに思えたが、ヤミの右手は既にリボルバーを構え終え、その銃口はコボルドに向けていた。

 ステータス入手以前までは、片手撃ちは反動が強く狙いが付けられたものではなかったが、身体能力が強化された今なら出来る。


「くらえっ!」


 衝撃に腕が跳ね上がり、尻餅をついてしまったが、発射された弾丸はコボルドに命中し、その胴体に風穴を開けた。


『グ、ア』


 絶命からワンテンポ遅れて、身体がボロボロと土のように崩れていく。飛び立った血も先程のスライムの体液同様に消失した。


『──ピコン』


「消滅するまで、少しタイムラグがあるのが嫌な感じだよなぁ……ん?」


 チラリとスマホを確認すると、通知が来ている。このスマホは基本的に通知がオフになっており、音が鳴る通知は配信関係のものだけにしていた。

 背筋に変な汗が流れるのを自覚しながら、ヤミは通知の内容を見る。


『コメントが送信されました』


「ヒッ!?」


 途端にバクバクと鳴り始める心臓。スライムやコボルドと対面した時よりも騒がしい心音は、耳に取り付けたカメラ付きマイクが拾えてしまいそうなほどだった。


「ど、どどどど、ドウモ……」


 記念すべき初コメント。本当はもっとハキハキと話しかけれると思っていたけど、どうやら緊張するものはするみたいだ。

 それでも、言葉を発せただけ大きな違いだ。ヤミはバクバクと煩い心臓と、火照る顔を落ち着かせながら、コメントを読む。


《001| $€°^*:》


「……へ?」


《001|%°*:々>》


《001|・$°=||^》


「す、スパム……?」


 ──そこにいたのは、意味不明な単語を羅列する初の視聴者だった。



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