第37話 暗根ヤミ、取捨選択します。

「僕1人で時間を稼ぎます」


 ヤミの言葉に衝撃は受けたのだろう。狩人は振り向きかけた身体を慌てて前に固定した。


 戦闘時に後ろを向いて会話する様な余裕は残されていない。恐らくは馬鹿なのかと叫びたい気持ちを殺して、彼女は冷静に確認をしてくる。


「どのくらい!?」


 本気なの?でも、出来るの?でもない。この状況下で不可能な事は言わない。

 そんな信頼を、短い付き合いのヤミへと向けた言葉に、ヤミは嬉しくも身が引き締まる。


 自分が発した言葉の、その責任は必ず果たすという覚悟を持って、ヤミは宣言した。


「3分持たせます!その間に休憩を」


 ◇◆◇◆◇


「み──、十分ね!!」


 ──短い、訳がない。

 咄嗟に口から出かかった言葉に、あんまりにもな言葉を言おうとした自分に、怒りを覚えながら狩人、弓木ユミキは出来るだけ明るく言葉を返す。


 自分たちが5人がかりで抑えている群れを、1人で後ろに通さず抑え切ると言うのだ。

 3分耐える事ができれば、上出来どころか異常の領域だ。


 ……しっかりしなさい。今まで休憩なしでやってきた。

 3分あればなんだって出来る。休憩を最大限に生かして、その後のアタックに備える事ができれば、全員での生還だって希望が見える。


 ユミキは縋るような気持ちで名前も知らない青年へと言葉をかけた。


「お願い!頼らせてもらうわッ!」


「はい!」


 ◇◆◇◆◇


「魔法、撃てます!」


 広間へと繋がる通路。

 剣と牙が打ち合い、盾と爪が火花を散らし、弓と銃弾が飛び交う戦場に、凛とした声が響き渡る。


 それは5人+1人のパーティ後列。魔法使いの女性の合図。


 即座に距離を離す重騎士と剣士の2人。空いた空間を埋めようとするモンスターに対して放たれる豪火。

 いつも通りの動き。しかしここからは変化する。


 通常であれば、空いたスペースへと再び当たりに行く2人は、そのまま後ろへと退いて行き、1人の青年だけが前へと進む。


「すまねぇ、頼んだ」

「任せてすまん。助かる」


 すれ違い様、息も絶え絶えでありながら、前衛2人は前へ行く青年の背に声をかける。

 スキルによる制限で、自分たちの援護がある方が危険に晒される探索者に申し訳ない気持ちで言われたであろう言葉。


 それが、青年のやる気に火をつけた。


「任せてください」


 虚脱感を感じるほどに低下していた身体能力ステータスが、上昇していく感覚。

 なんでも出来そうな全能感が身体のうちから湧き上がってくる。しかしそれに酔わずに、前を見据える。


「後ろには、誰1人として通さない」


 頼られる事で最高潮のテンションに達したヤミは、力強くそう宣言した。


 手に持った武装は2つ。

獣王レグルス】と、アサルトライフル【流星六式】。

 不死者特攻のある光属性を放てるリボルバー、そして手数のある自動小銃の構成だ。


『【黒蜂】と【白蝶】は?』『今回は近接戦になったら負けだから』『一体も後ろに通せないからね』『頑張って』


 今回の武装を、ヤミがコメントと相談して決めた理由はそれだ。


 瞬間火力ではなく、継続火力の重視。

【氾濫】の時に使ったマシンガンを持っていれば話は早かったが、流石にあの重量の武器を日常的に持つわけにはいかない。


 それに今回のモンスターは一方向からのみ。アサルトライフルでも十分に対応が可能だ。


 魔法によって焼け焦げた地面へと、ヤミとモンスターは互いに距離を詰める。

 前に進みながらアサルトライフルを連射すれば、ポーチキャットフィッシュから生成された強化弾は、頭に当たれば一撃でモンスターを土塊へと変えていく。


 魔力を増やせば、どこに当たっても倒せるレベルの威力へと上がることもできるが、魔力の節約を考えてこの威力に落としている。


 そしてその分を、技術でカバーする。

 フルオート武器の銃弾を、連続して放ちながら自分が飛ばしたい位置に制御する。

 リコイル制御と呼ばれる技術を使い、ヤミは放つ弾丸の殆どを頭へと命中させていく。


 お互いにぶつかって時間を稼ぐという、先ほどまでのパーティ戦とは異なる。

 ぶつかる前に削って、近接戦闘にならないようにする戦術で、ヤミはモンスター達と相対する。


 右手には【流星六式】、左手には【獣王】。

 ヤミはモンスターに対して一歩も下がらず、銃弾を浴びせ続ける。

 通常ならば弾をとっくに撃ち尽くしてしまう所を、魔法によって継続させる。


「【アポート】」


 しかし、ヤミがいくら効率的に銃弾を放っても、絶対に穴は生まれてしまう。

 右から左へとアサルトの照準を動かして殲滅していく。その隙間を縫って、モンスターが数匹弾丸の雨を潜って迫る。


「グルルルルォッ!」


 ヘルハウンドが牙を剥いて飛びかかり、生き残りのゴーストが魔法弾を放ってくる。

 その攻撃に対して、ヤミは取捨選択をした。


 無駄なく防ぐ方法ではなく、無駄なく戦闘を継続する方法だ。


「【ホーリーレイ】」


 絶え間なく放っていた【獣王】の矛先を、出来るだけ後続を巻き込む方向に構えて放つ。


 狙いはヘルハウンド。

 身体の半身を削るように放たれた弾丸は、その狙いの通りにヘルハウンドを貫通して、後続のモンスター達へと大きな被害を出す。


 そして──ヤミは迫る魔法檀を、躱すことなく食らった。


「ぐっ」


 迫ってくるモンスターへの対処に追われて、後ろのモンスターがどんどんと雪崩れ込んでくるのを防ぐ。

 そのために回避や迎撃を無駄と判断し、魔力を集めた箇所で当たる事で被害を抑えた。


 その視線は殆ど魔法弾へと向けず、常に後ろのモンスター達へと意識を割き続けた。


 そんな事が2、3回あった後、ついに探索者達から声がかかった。


「3分だ!交代するッ!!」


 その言葉と共に、腕時計にセットしたタイマーが鳴った。

 それに気を抜かない様、唇を噛みながらヤミは戦い続ける。


 交代するまでが自分の仕事だ。ここで引き継ぎに失敗したら、何の意味も無くなる!


 ヤミはアサルトライフルを撃ち続けながら、左手に持った【獣王】のシリンダーを、手首のスナップで外に出す。

 そしてポケットに入れていた魔石を取り出して、片手でそれを装填する。


「魔法は不要です!僕の合図で!!」


 ゴリゴリと目減りする魔力を感じながら、ヤミは1発の弾丸を生成する。

 魔石を砕きながら装填したその弾丸に、ヤミは光属性を付与して、叫ぶ。


「3.2.1.今!」


【獣王】から放たれたのは、魔石によって範囲強化が為された光弾。

 魔法使いの豪火と同じく、広範囲のモンスターを土塊へと変える。

 その隙間へと、後ろから探索者達が詰めてくる。


「【ヒール】!助かりました!」


 再びスキル効果が消え、途端に疲労を感じる体を、癒しの光が包む。

 後ろを見れば、休憩の効果があったのか、先ほどまでより顔色の良くなった僧侶の女性が、ヤミへと回復魔法を使ってくれた様だった。


 顔色を見て安心したヤミの背中を、通りすがりにポンと叩いて、探索者達は前は出る。


「助かった」

「次は私たちの番よ。ゆっくり休んで」


 その背中は頼もしく、休憩には意味があったと、ヤミは自分の仕事の成果を実感した。


「頼みました!」


「「「「「おう!」」」」」


 力強い返事の後、終わりの見え始めたモンスターの群れと、探索者達は戦闘を開始した。





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