第38話 暗根ヤミ、心を開けました。

「はぁ、はぁ、はぁ……削り切るぞッ!」


「「「おう!」」」


 迷宮の広間、長きに渡って戦闘の続いた通路にて、ついに終わりの時が見え始めた。

 治癒魔法も尽き、ボロボロになった探索者達の前には、20体ほどのモンスター。


 数えきれない程の戦闘。そして無茶によって、モンスターの数は数え切れるまでに減少していた。


「グ、ルォオオオッ!」


「はぁあああッ!!」


 死への恐怖も、疲労すらも感じないはずのアンデッド。ヘルハウンドが感情の乗った叫びをあげ、それに呼応する様に探索者達も声を出す。


 ひしゃげた大盾と、欠けた爪が絶叫を奏でた。

 そうして動きの止まったヘルハウンドの首を、下から掬い上げる様に剣が刈り取る。

 その隙を逃さず、剣士へと迫るダークバット。


「キィイイイ!」


 1体目を剣の柄頭で殴打したが、続く2体は防げない。

 戦闘距離が近すぎて、矢による援護は難しい。その危険性を理解してか、狩人の視線は既にそちらを向いていない。


 だと言うのに、狩人の表情には苦渋の色は無く、そして剣士の表情にも焦りはない。

 その理由は、突風と共にやって来る。


「【ウィンド】ッ!」


 赤髪の剣士にも、その喉笛を狙うダークバットにも当たらない位置に放たれた弾丸。

 しかしそれが纏う暴風は、ダークバットの体勢を大きく崩す。


「【ホーリーライト】」


 そこにアンデッド特効の清浄なる光が降り注ぎ、風によって狙い通りにモンスターの固まる位置に追いやられたダークバットの巻き添えで、多数のモンスターが土塊へと変じた。


 剣で倒し、剣で止め。弓で止めて弓で倒し。銃で追いやり魔法で滅する。


 流れる様な連携は、今日知り合ったばかりとは思えないほどスムーズで。

 魔法使いが声を上げる前に、全員が察して道を開けた。


「【ファイアストーム】ッ!」


 魔力を大量に使い続けた女魔法使いの顔色は悪い。だが、そこから更に魔力を振り絞って、豪火は放たれた。


「……」


 燃えていくモンスター。開いた空間。

 今までならそこで息を整えて。または銃使いが単身飛び出す筈の状況で、探索者達は動かない。


 多量の土塊を灰の代わりに生成し、鎮火していくほむら

 そして晴れていく視界には、モンスターが映ることは──無かった。


「終わった……のよね?」


「──あぁ、終わった」


 その言葉を聞いて、ヤミは背中から倒れ込みそうになった。


 やっと、終わった。


 身体はあちこち傷だらけで。軽症で回復魔法を使ってもらう余裕なんて無い状況で。

 だけど生き残れた。


 全員が、本当は床に寝転がって1歩も動きたくない。命を預け合った者達と肩を抱き合って、大はしゃぎしたい。

 だけどここは未だ迷宮で、そしてはしゃぐ元気も無かった。


 探索者達は何とか顔に笑顔を浮かべて、拳をぶつけ合うので精一杯だった。

 精一杯、喜んだのだった。


 ◇◆◇◆◇


「本当に、助けに来てくれてありがとう。私たちだけじゃ絶対に、今生きていないわ」


 遅くなっちゃったけど、と。狩人の女性は前置きしてから、そう言った。


「ははっ!もはや、挟まれた俺たちを救った事か、ヴァンパイアを倒してくれた事か、モンスターの群れに共闘してくれた事か。それとも一人で時間を稼いでくれた事か。どれ指しているか、もう分かんないけどな……」


「どれを指してもだろう。、だしな。本当に助かった」


 僕以上にボロボロで、鎧も盾も剣も、今後の探索では使い物にならないくらいには壊れてしまった状態で。それでも重騎士と剣士の男性二人は朗らかに笑いながら、頭を下げてきた。


 互いに命を預け合ったのだ。お互いさまだと言いたいが、探索者の常識的に、僕はその礼を受け入れるべきなので、否定せずに受け入れた。


「探索者ですから、助け合うのは当たり前ですよ。——それに、この後の帰り道は、皆さんを頼りにしていますから」


 この消耗具合で、一人で帰るというのはさすがに不安だ。彼らと共に帰還する際に、その借りは返してもらうと言外に伝えると、五人の探索者はそろって苦笑した。


「ふふっ。むしろ、一緒に帰ってほしいって、お願いしたいくらいですね」


 その言葉に、みんなで笑って。僕たちは出口を目指して歩き始めた。


 ◇◆◇◆◇


「えっ!?じゃあヤミ君ってまだ探索者になって一か月もたってないの!?」


「そうなんです。……とはいっても、訓練期間はそこそこ長かったので、実際に迷宮で活動を始めてからって事にはなりますけど」


「それでも十分にすごいわよ。これは将来有望な後輩が出来たわね~」


「あ、ありがとうございます」


 帰路を歩いている途中。互いに信頼して背中を預け合ったからか、特に気負う事もなく、ヤミは探索者チームと和やかに会話が出来た。

 少しばかり騎士と剣士の男性二人との会話がしづらいくらいに、女性の方々に囲まれてはいるが。


 まぁ、年下の男っていうのが珍しいのかな。


 程度にヤミが思っていると、チラリと視界の端に何かが入った。


『なんでまた画面が真っ暗にされちゃったの~?』『そりゃ他の人が入っちゃダメだからって、知っただろ?』『んなこと言っても、戦い終わるまで全然映してたじゃん……』『そん時は画面消す余裕無かったしな』


 それはカメラの下に展開されたホログラフのコメント欄であり、ヤミがさっき画面をオフにしてから、探索者たちとの会話に夢中で説明を忘れていたリスナーのコメントだった。


 まぁ、迷宮への移動中とかにも画面オフにしていたし、ワンさんやトゥさんが説明してくれると思うんだけど。

 そんな風に思いながら、モデレーター権限のある2人のコメントを検索して見てみる。


『ヤミが、緊張せずに人と話してる……』


『これは、ちょっと胸にこみ上げるものがあるな……これが感動か』


 二人は、感極まっていた。画面の向こうでは涙を流しているのではないかというくらい。


『ダメだこいつ等』『しばらく使い物にならないな、コレ』『俺らより配信見始めたのって2、3日早いだけだよね?こんな事になるんだ……』


 2人に対する呆れやがっかり感を漂わせるコメントに、ヤミは共感してしまった。


 自分が対処するしかない。そう気が付いたヤミが、慌てて文章を打ってコメントに貼り付けようとしていると、


「……そういえば、ヤミがたまに見えてるのって、何なんだ?」


 そんな疑問の声が、横から聞こえてきた。


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