第39話 暗根ヤミ、変人奇人の仲間入り。

 ヤミが、たまに見えているモノ。

 そんな曖昧な表現にヤミは戸惑ったが、すぐにその言葉が指している物に思い当たる。


 それは空中にフヨフヨと浮いている物体。トゥからの贈り物である、カメラだ。


「あぁ、これですか?これはカメラです」


 おそらくは、高名な探索者(海外の)であろうトゥからの贈り物。一般人には知らされていない技術で作られていそうなカメラを、彼らは疑問に思ったのだろう。


「あっ、でも今はカメラをオフにしてます!皆さんを映しちゃうのは、良くないと思うので」


 戦闘中は消せなくてごめんなさい。

 ヤミは頭を下げて謝罪したが、思った反応が返ってこなかった。

 苦情か、許容。その二つのどちらでもなく、返ってきたのは困惑だった。


「……カメラ。あー、それって、スキルとか魔法とかの効果によるもの?」


「──というと?」


 宙に浮いているのが、そんなに珍しいのかな?今時、魔法で浮いている物なんて結構あるけど。


 そんな風に思うヤミだが、実際に疑問を抱かれている部分は大きく異なる。


 このカメラは、ヤミ以外には視認出来ないのだ。


「まさか、ヤミの視線からバレるとは……」


「意外と人の顔を、カメラをちゃんと見て話すタイプなのね」


 神は司る事象以外は、けして万能では無い。

 ワンとトゥの予想では、ヤミが迷宮内で人と関わる事はごく稀かつ短時間だと考えていた。

 配信は基本迷宮内で行うため、たいした問題にならないと思っていたのだが。弱体化覚悟で長時間戦うとは。

 その上、自分たちから頼ってくれと言ったせいで、途中からカメラとコメントを見る頻度が増してしまったからだろう。


 特に考えずにした行動がことごとく裏目になってしまい、2人は頭を抱えた。どこかから、幼い男の子のため息も聞こえる。


 そんな2人の考えを知らないヤミは、透明なカメラだとは知らず、探索者達が何を不思議に思っているのかが分からない。


「何か特殊な効果があるのか?」


「うーん、強いて言えば、有線ケーブルが無くても配信が出来るって点ですかね。僕も貰ったものなので、全部を理解し切っているわけでは無いんですけど」


「「……」」


 その言葉に、探索者達は絶句した。

 マジックアイテムならまだしも、現代の技術では迷宮内外での通信は『不可能』な事は理解している。


 迷宮内外の無線通信は、あらゆる人が求めるものだ。

 探索者の生存率は上がるし、緊急事態に通算が切断される事もない。軍にも企業にも個人にも求められている技術。


 それが未だ妄想の域を出ないほどに進展していないのは、ある程度上の探索者であればあるほどに、分かっている。


 加えて、マジックアイテムに精密機械は存在しない。

 となると、新たな技術をテストする人員としてヤミが選ばれた。それにしては、口が軽すぎる。


 ──そこから導き出された答えは一つ。


「そ、そうなんだ〜、あはは……」


「まぁ、ちょっと気になっただけだから、気にしないで」


 ヤミはちょっと、変な人なんだ。


 奇人変人の探索者というのは、かなり多くいる。

 自分の力に酔っている『勇者症候群』から始まり、中二病が再発する者だったり、重度の武器オタクだったり。


 探索者のランクが上がるほど、そういう人間の割合が増えていく事もあり、彼らはヤミもその類だと判断した。


 まだカメラ実物があれば、目視できれば信じられたものの。目に見えない、かつ技術的に不可能な物を実在していると言われても、信用出来なかった。


 適当な雑談をポツポツとしながら歩いていた事もあり、パーティは出口近くまで辿り着いていた。

 彼らは視線を合わせると、こういう事態への対策を実行した。


「ヤミ、改めて本当に助かった。ありがとう。後日お礼をさせてもらうよ」


「そうね、本当に助かったわ。あなたが来なかったら、私たちは今ここには居なかった」


 感謝の気持ちは本当だ。お礼も誠実にする。しかし、人としての距離は取る。

 命を救われて、正直好意が芽生えてはいたが、それは無かった事にすべきだ。

 変人と付き合って良いことなど無い。理解し合えず、場合によっては命の危険すらある。

 

──奇人変人に近寄らず。

 それが、探索者達が取っている対応だった。


 ◇◆◇◆◇


「本当にありがとうございました」


 5人が揃って頭を下げてくるのに、ヤミは落ち着かない気持ちで言葉を返す。


「頭を上げてください。さっきも言いましたけど、僕はもともとヴァンパイアには挑むつもりでした。それに死ぬつもりはありませんでしたから」


 だからそんなに畏まらないで、と言葉を続けて、ヤミは何とか5人に頭を上げさせた。


「それに、探索者は助け合いですから。

 ……まぁ、そうは言っても。僕はずっとソロだったので、実感したのは、さっきなんですけどね!」


「……」


「えっ」


 ヤミが場を明るくしようと言った、ちょっとした自虐ギャグに対して返ってきたのは、静かな微笑みだけだった。


 和やかに談笑していたとは思えないほどに素っ気ない反応に、ヤミは心が割れる音がした。


「」


「それじゃあ、暗根ヤミ名義の探索者銀行に、後日振り込ませて貰います。本当にありがとう」


「あっ、え。あ……」


 ヤミに生じた隙を突いて、探索者達はお礼と今後の動きを伝えて、去っていく。


 連絡先の残らない銀行経由で。連絡手段を一つも作らず。決してこの迷宮には近づかないと宣言してから、彼女達は幻のように消えていった。


 その背中に、手を伸ばすヤミを残して。そして、


「なにが、良くなかった、のかなぁ……」


 ヤミの心に痛みを残して。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る