第40話 暗根ヤミ、知る努力と謝る勇気を知る。

 友達になれるかもと思っていた人達の、突然のフェードアウト。

 それはヤミの心に芽生えていた自信に罅を入れた。


「配信。おわります」


『あっ、まっ──』


 コメントが何かを言う前に、配信を閉じた。あんまり見ていて面白い事はこの後無いし、見られたくないし。


ヤミは大きく息を吸って、吐いて。気持ちを落ち着かせていく。どうでも良くなって、倒れ込んでしまいたい気持ちを、何とか宥める。


「……め、迷宮の中で会話してくれたのは、マナーだったのかな。みんな大人の人だし。雰囲気良くするために、話してくれてて」


 ヤミは、彼らの理解不能な素っ気なさに、頑張って理由をつけていく。


──そう、そうだ。みんな命の危機を脱したばかりだ。

 迷宮で知り合ったばかりの奴と会話を続けるより、家に帰ってゆっくりしたいと思うのは、何にも悪い事じゃないから。


 溢れそうになる涙を目から垂らさないようにしながら、ヤミは1人で帰りの支度をする。


「名前も聞けなかったし、連絡先も知らないし、もう会うことないんだろうな」


 女の人達が話しかけてくれた時、調子に乗らないで良かった。

……好意を持たれているなんて誤解を、心の中でも思わないようにしていたのは、正解だった。


 パソコンの電源が落ちる様な音が聞こえ、周囲の人間に関心を抱かない状態へと移行する。顔も声も認識出来ず、全てが他人の状態になるのを、ヤミは知覚した。


 荷物を背負い、迷宮に入った時に比べて1割ほど小さく見える身体で、トボトボと駅へと向かうヤミの背中に、声がかけられた。


「おぉ〜い、待ってくれ!」


「……?」


 対人関係の電源がオフになり、近くの人間を認識するつもりの無いヤミには、その声が誰のものなのか分からなかった。


 しかしその声の主が、自分を呼んでいることだけはわかった。


「流石にあんな対応じゃ失礼だからな。悪かった。みんな疲れてて、適当になってた」


 そこにいたのは、先ほど別れたパーティの1人。赤髪の男性剣士だった。


「あなたは……」


「あぁ、名前言ってなかったもんな。悪い」


 ヤミが何を言えば良いのか分からず言葉に詰まっていると、赤髪の剣士は自身の探索者端末を操作して、身分証を出した。


「──アカブさん?」


「その読み方もあるけど、俺は赤武セキタケって読み方。赤武 剣せきたけ つるぎだ」


「どうも……暗根 ヤミ、です」


「おう」


 随分と遅くなった自己紹介の後、少しの間沈黙が続く。


 ヤミとしては、自分の予想通り、疲労もあってヤミに構ってくれる余裕が無かった事が分かった。

 ヤミ側の不手際とか、知らない間に何かをした訳ではない事が分かった事で十分だった。


 しかしツルギはまだ何かあるようで、言葉を選びながら、口を閉じたり開いたりしている。


 人によっては、待てなくて急かしてしまうか、「言わなくて良い」と言ってしまう場面。


 だがヤミは、自分も言葉が上手く出ないときがあるから。

 そういう時こそ、大事なことを言おうとしている時だと分かっているから、待った。



「……あー、ヤミがさ。言ってるカメラとか、配信とか、俺らの知ってるモンとは違くてもさ。多分ヤミにとっては大事なものだろ」


 ツルギは頭を掻きながら、上手くまとまらないままに、ツルギの気持ちをヤミに話してくる。


「それを、知らないとか、興味ないとかで適当にあしらうのは、良くなかったと思う。

 ヤミがここまで短期間で強くなった事に、関係ないとは思えないし。──戦いの辛い時ほど見てたから、心の支えでもあるみたいだし……」


 ヤミにも、きっとツルギ自身にも理解しきれているとは思えない事を、なんとか言葉にして伝えてくる。


「なんかそういう事を思いついたらさ、居ても立っても居られなくて、謝りに来ちまった。すまなかった」


 言葉を頑張って並べてみたけど、言いたい事はそれだけなんだ。

 知る努力をせず、疲労を言い訳にあしらって、すまなかった。


 ツルギのその言葉に、ヤミは理解しきれなかったけれど、嬉しい気持ちになった。

 彼らを、苦手な人にしなくて良い事に、嬉しくなった。


「アイツらはみんな疲れてて、たぶん俺が離れた事も気づいてない。けど、後でちゃんと言っとくから、怒らないでやってくれ」


「怒ってなんていませんでしたけど、分かりました」


「そっか……。それじゃあ、また何処かでな。俺も配信ってヤツ、試しにやってみるよ」


 ヤミの顔が晴れたのをみて、ツルギは肩の荷が降りたのか、足取り軽く去っていく。


 疲労の残る身体で、さっき会ったばかりの人。2度と会わないであろう人のために戻ってきて、謝罪をする。


 その為だけにやってきたツルギに、ヤミは尊敬の念を抱く。


「知る努力、か……」


 ヤミは一言呟いて、歩き出した。


 ──僕は、それをした事があるかな?




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