第41話 赤武ツルギは、魅入られる。

 暗根ヤミは命の恩人だ。

 たとえ、どんなに変な奴でも。


 不人気武器の銃を使ってソロで活動していても。

 見つめている何も無い空間にカメラがあり、しかも無線で外界と通信が出来ると言い張っていても。


 危険を承知で助けに来てくれて、助け続けてくれた事には変わりない。

 そんな相手にとって大事なものだと分かる『配信』というものを、理解しようとせずに距離を取るのは、良くないと思った。


 だから、学ぼうと思う。


「えーっと、これで良いのか?」


 赤髪の男性剣士、赤武せきたけツルギは、ネット記事を調べながら機材の設定を行っている。


「これでカメラが認識されて、これでタイトル決めて……」


 ブツブツと呟きながら設定を進めていき、五分ほどした後に準備が完了した。


 彼らのパーティは5人組。しかし全員に許可を取るのは面倒くさいし、何だか本気で配信をやろうとしているみたいで恥ずかしい。


 そんな理由から、今日は低難易度の迷宮に1人でやって来ていた。


「……まぁ、興味がないと言えば嘘になるしな」


 憧れなかったわけではない。今回のお試しは、もしかしたら良い転機になるかもしれない。


 そんな気持ちから、配信開始のボタンを押した。


 ◇◆◇◆◇


「1人も来ないなぁ……」


 昨日今日に作ったアカウントで、サムネを作る技術も無いから適当に開始したライブ配信。

 ネームバリューも自己プロモーションもしていないのだ。人の目につくのは難しい。


 これでも、探索者としてはそこそこの腕前はある。モンスターと戦っていれば、剣士志望の奴が見てくれるかもしれない。


「釣りでもしてる気分になって来た……」


 獲物リスナーがかかってからが、配信のメイン。それを体験するまでは、続けよう。


 ツルギはそんな気持ちで武器を構え、モンスターを討伐し始めた。


 ◇◆◇◆◇


「戦いづれぇッ!!」


 木の怪物、トレントの枝葉を切り落とし、足代わりの太い根を蹴り上げながら、ツルギは叫ぶ。


 有線ケーブルは近接職には厄介だ。

 位置が激しく変わる接近戦では、モンスターや自身と絡み合う。


 ケーブルが抜けるだけならまだしも、引っかかって身動きが取れなくなる事もある。

 普段とは勝手の違う戦闘に、ツルギは四苦八苦していた。


「ヤミはこれが嫌で、銃使いになったわけじゃないよな!?」


 遠距離武器ならケーブルトラブルも多少はマシだから。

 そんな理由で銃を選ぶとは思えないが、変わっているアイツなら有り得なくもない。

 今度あったら聞いてみよう。


「くそ、グチャグチャだ……」


 トレントの群れを単身で切り滅ぼし、その土塊の上に立つツルギは、土の中から魔石と、絡まったケーブルを摘出する。


「これじゃ、ちゃんと繋がってるか分かんなぁな」


 何とか確認する方法はあるだろうか?

 そんな風に思ってから、自分の配信画面を確認すれば良い事に気づく。


『繋がっていれば良いな』というを抱きながら見た画面。


「あー、ん?良かった、繋がってる」


 少し画面にノイズが走った気がしたが、問題なかった。繋がっている。

 画面上には配信中のアイコン。


 ──そして、視聴者1名の表記。


「おっ!もしかして誰か見てくれてるのか!」


 ついに初めての交流だ。

 ちょっと愚痴を言っていて雰囲気悪かったが、ここから愛想良く会話を続けてみよう。


「良かったら何かコメントしてくれよ!今日配信を初めてやってるからさ。どんな感じに見えてるから教えてほしいわ」


 ここで、何か配信ってものの楽しさとかを知れれば良いんだが。

 そんな事を思いながら、ツルギが返答を待っていると。


『──繋がった繋がった。ホントに信じて良かったよマジで。こっち側から開けとけば、ほどじゃなくても繋がるもんだな。いやぁ、リスク取って良かったよハハハハハ!』


 そんな、意味のわからないコメントがやって来た。


 直後に増える視聴者の数。1名視聴だった部分にノイズが走り、3名に変化した。

 追加でやって来た2名も、各々興奮冷めやらぬ様子で、ツルギには理解不能な文章を書き込んでくる。


「……なんだお前ら、スパムか?それとも誰かと間違えてんじゃないか?」



『いやいやいやいや!!違う違う。俺たちはアンタみたいな奴を探してたんだ!奇跡を待ってたんだよ!』


『【星】も【宙】も、【創造】も。みんなの視線が1人に集まってるおかげで、だーれも気づいてねぇからな。俺たちだけのオモチャが出来た』


『みーんなあんな事は2度と起こらない奇跡だと思ってやがる』


『閉じられた通信を自力で通信可能にするのは、普通の人間には無理だが。俺たち側が門を開いときゃ不可能じゃねぇ』


 ツルギは訳のわからない言葉を目にして、言いようのない悪寒を感じた。


「……」


 何が何だか分からないが、この配信を止めれば解決するはずだ。解決してくれ。


 そんな気持ちで端末を操作しようとするが──、


『おいおい、そんな悲しい事すんなよ』


『そうだぜ赤武セキタケツルギー!もっと話そうぜ。色々教えてくれよ!』


「──なんで、名前を?」


『お前に会えて嬉しいのはホントだからな。お前はどんな奴になりたい?教えてくれよ願望を』


『要望を叶えた存在にしてやるよ』


 マズイ。コイツらはマズイ。

 探索者の変人奇人。それらを超える狂人だ。


 俺と話しているように見えて、俺のことなんて見ていない。対等ではない。オモチャなんだ。


 今すぐに、触れず関わらず距離を取るべき。

 頭では分かっているのに、ツルギの身体は身動きが取れず。

 そして何処からかカメラ越しではない、視線を感じる。


 モンスターでも人でもない、より上からの視線を感じる。

 そして意識が遠くなる。自分が自分じゃなくなる寸前、思い出すのは4人の仲間と、先日会った青年だった。


『『『楽しく行こうぜ?セキタケツルギー』』』


 魔物と、迷宮と、争いの神。

 3柱の悪神は、愉快そうに笑った。

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