第36話 暗根ヤミ、頼らせてもらいます。

「……フゥー」


 ヴァンパイアの身体が完全に土塊へと変わるまで見続けたヤミは、息を一度大きく吐き、そして吸う。

 意識を切り替えろ、これで終わりじゃ無い。


 自分達の帰路を塞ぐ大量のモンスター。それを捌く事で初めて、出口へ向かう事が出来る。


 ヤミは手早く端末を弄り、自身のレベルが上昇しているのを確認したのち、探索者達が戦う方向を見た。


「ハァッ!」


 金属鎧を着込んだ男がモンスターの攻撃を受け止め、そこに赤髪の剣士が攻撃を加える。


「一歩下がって、常に相手との距離を少し取って!」


 弓を持った女性はそう言いながら、接近してきた他のモンスターに弓を射って攻撃をキャンセルさせる。


「魔法、撃てる!」


 そうして3人がモンスターと当たって稼いだ時間で、詠唱が必要な魔法を準備した魔術師が合図を出せば、3人は大きく跳びのき、魔法が炸裂する。


 最前線のモンスターがゴッソリと爆炎によって倒されれば、その隙間を互いに奪い合う様にモンスターと探索者が突撃し、再び戦闘が始まる。

 探索者達の身体は淡い光に包まれ、回復魔法が行使されているのが見てとれた。


「……凄い」


『挟まれるハプニングさえ無ければ、彼らはミドルボスと優位に戦えるな』


 流れる様な速度で繰り返される集団戦。

 パーティでの戦闘というものを、実践の場で初めて見たヤミは、身体が震える様な感覚に襲われた。

 互いに補い合って戦う、ヤミの望んだ筈の探索者としての姿。

 その連携の綺麗さと自分の現状に涙を流しそうになりながら、ヤミは頭を振る。


 ……僕がいる必要ないんじゃないか?とか考えている場合じゃない。あの人たちは疲弊している。少しでもいいから援護すべきだ。


 ヤミはリボルバーに強化弾を詰めて援護に向かおうとするが、その瞬間。


「──ぐぇっ、気持ち悪い……」


 唐突に身体から力が抜け、その違和感に気持ち悪さを覚えた。


「これが、スキルが切れた感覚……」


 スキル、【孤独】。

 そんなふざけた名前のスキルは、仲間との行動時にスキルが発動しなくなる。

 現在のヤミのスキル発動状態のステータスは、レベル36。それが本来のレベルである12まで、三分の一までステータスが急落したのだ。

 違和感や虚脱感があっても仕方がない。


 だが、それを理由に何もしないなんて事は、ヤミには出来ない。

 銃の利点は、使用者のステータスに依存しない攻撃力。ヤミの場合は魔力は影響があるが、それでも近接職よりは低下が少ない。

 ヤミは歯を食いしばり、身体に力を込めて走った。


 ◇◆◇◆◇


「スキル切れで弱体化してます!加勢します!」


 端的に自分の状態を叫んだ後に、パーティの後列。魔術師と僧侶の2人と並んで立つ。


「助かる!飛んでるやつから対処して!」


「はい!」


 司令塔なのか、弓を構えた狩人からの指示を受け、ヤミは上空を浮遊モンスター。ゴーストに狙いを向ける。


「【アポート】、【ホーリーレイ】」


 ポーチキャットフィッシュで生成する弾丸。普段使いの威力では体を壊しかねない恐れがある為、いくらか魔力を抑えた弾薬を作り出し、【獣王レグルス】に装填。


 即座に発射すれば、今までの様に片手打ちは不可能なほどの反動に襲われたが、命中。

 ゴーストは一度痙攣し、半透明で実体のない身体が、一瞬で土塊へと変わった。


 そんなことを何度か繰り返し、そろそろモンスターの群れも終わりを告げる筈だ。

 ヤミはゴーストをある程度撃ち倒し、温存のために手動で装填する時に、そんなことを思いながら探索者達の間から正面を見る。


「そ──、」


 それでも、まだこんなに……。


 士気低下を避ける為、咄嗟に言葉は口の中で閉じたが、その途方もなさは消えて無くなってはくれなかった。

 その数は、戦闘開始時に比べればモンスターたちの間に隙間が出来る程度には減少している。

 しかし後列は未だ終わりが見通せず、最初にいたモンスター達の雄叫びを聞いて、追加がやってきているのが分かった。


 ……みんな疲弊している。このまま休みなく戦闘を続けていたら、絶対に何処かでボロが出る。

 広間への強行突破。

 疲弊状態でのミドルボスとの一騎打ち。

 それらに続く更なる無茶を、通す必要のある局面だとヤミは感じた。


 そうは言っても、この群れを無理やり一点突破する事も、11階層に行き群れが解散するまで戦う事も得策ではない。

 ミドルボスを超えた先のモンスターは、その前のモンスターとはレベルが明確に違う。


 どうする。どうする。どうする?

 ヤミは必死に考える。ぐるぐるぐるぐる考える。


『……』


 それはヤミの癖だった。

 1人でいることに慣れてしまって、考え事をする時に自分1人で考えてしまう。抱え込んでしまうという癖だった。


 だが、今のヤミは1人では無い。頼る事が出来る人達がいる。

 最上位ゆえに1人でいる事に慣れた、ヤミの事を理解してくれる大人たちがいた。


『──あんまり、1人で考え込むと良くない。1人だと、考えのバリエーションは増えないからね』


 その言葉は、自分だけの暗闇に沈んでいたヤミの意識を引き上げた。


「ワンさん……」


『思考をシンプルにしなさい。今、何を1番求めているのかを、思い出しなさい』


 その言葉は、堂々巡り陥っていたヤミの思考を、単純な線にする。


「……トゥさん。分かりました」


 カメラを見る。カメラの下に表示した、ホログラムのコメント欄を見る。


 ヤミはそこに書かれた。多くの人の多様な発想を目にした。


『もっかいヤミが上から数を減らすのは?』

『弱体化してるから難しいでしょ』

『魔法使いが攻撃しにくいだろうし』

『そもそもヤミ1人でいけない?』

『まだキツそう』

『【氾濫】の時より少ない』

『【氾濫】の動画の時は、地の利があったから』


 そんな色んなコメントを、自分にはなかった発想を頭に入れながら、ヤミは大元に立ち返って考える。


 欲しいのは休憩時間。

 ヤミは集団では戦えない。

 ヤミ1人では突破できない。


 重要なのはこの3つ。それを解決するピース。


『そもそも、スキルの制限ってどこからなの?』


 その一言を目にした瞬間、ヤミの頭が回り出し。やるべき事がようやく分かる。


「──ッ!みなさん!」


 ヤミは弾かれた様に顔を上げて、未だ戦闘中の探索者たちへと呼びかける。

 前衛3人は振り返る事は出来ず、司令塔である狩人が大声で応える。


「何かあるのッ?」


 彼女自身も現状の危うさを理解しているのか、戦闘中でありながら、ヤミへと意識を割いてくれる。

 それをありがたく思いながら、ヤミは彼らに提案した。


「次の魔法発動後、僕1人で時間を稼ぎます」


 突破は出来ない。休憩は欲しい。集団では強くない。

 なら、ヤミ1人でなら耐久戦は出来るのか?

──答えはイエスだ。


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