第52話 暗根ヤミは、セキタケツルギを救いたい。

『【想いの力】。それが人間の持つ力。そしてヤミ、君が人間の中でもっとも強い力を持っている』


「想いの力…ですか」

『端的に言えば、強い願望や想いを抱いた時に、それを叶える力ね。筋道に関しては、力の量で出来ることなら自動でやってくれる点が特徴。そして、今回1番大事な部分でもあるわ』


「その力を使えば、ツルギさんを人に戻せるんですか?」

『あなたは、友達が欲しい一心で神様と通話しちゃうような人間よ。あなたが知らない方法でも、あなたの力は叶えてくれる』


 信じる事。強く、強く願う事。あとは一歩踏み出せば、それだけで現実は変わってくれる。

 他の誰が言っても信じられない事だけど、彼女たちトゥとワンの言葉なら信じてみようと思える。


『宣言するんだ。君の願いは、必ず叶う。そして、叶えるのだと』


 ヤミは目を強く瞑り、そして想いを言葉にした。


「──僕は、セキタケツルギを救いたい」


 ◇◆◇◆◇


 迷宮の中に、規則的な爆音が鳴り響く。

 周囲のモンスターはその音に興味を示しながらも、しかし誰も近付く事はない。

 そこが死の領域であることを、モンスター達は理解していたからだ。


「……あと、どれくらいだろうなぁ?」


「……」


 亜神セキタケツルギと、探索者 銃原ガレン。両者の戦闘は開始直後の騒々しさが薄れ、静かな睨み合いが続いていた。


 ガレンはツルギの動きを完全に止めた後、銃の発射頻度を調節していた。

 身体を消し飛ばし、頭から再生を始め、胴体から両腕が生える直前。

 その瞬間に次弾が放たれるように、銃に注ぐ魔力の量で調整しているのだ。


「魔力を少しでも供給し、トリガーを引き続けている限り、威力がリセットされないのは便利だが、それもそろそろ限界だろう?」


「……まぁね。私の想像では、そろそろ君の再生能力も衰えてくる予定だったのだけど」


 静かな睨み合いの中で、着実に消費されていったガレンの魔力。足止め開始から約1時間程度。4つのマジックアイテムをフル稼働させ続けたことで、最高位探索者の莫大な魔力にも、ついに底が見えてきたのだ。


「俺の力は神からの貰いもんだ。流石にこの程度じゃあ尽きない。アンタが持っているだろうポーションの数を考えても、賭けは俺の勝ちみたいだな」


 状況的には、現在進行形で身体を破壊されて身動きの取れない方の男が、余裕の表情を浮かべていた。


 銃原ガレンの持つマジックアイテムは6つ。4つは効果が分かり、こちらの動きが完全に止まったにも関わらず、奴は残りの道具を使用しない。つまり、本当にこの状態の俺を殺す手は、無いということだ。


 ツルギとしても不安であった、最上位冒険者の持つマジックアイテム達。その中にも自身の不死性を貫ける物は無いと知り、心に余裕が生まれる。


 魔力が尽き、マジックアイテムが使えなくなった瞬間に仕留める。


「君と賭けをするような仲だった覚えはないけど。また生きて2人で会えたら、どんな賭博でも付き合ってあげるよ」


「はっ、命乞いのつもりか?魅力的だけど、断る。アンタは厄介過ぎる。殺せるチャンスは、絶対に逃さない」


 発射間隔は更に下がり、ツルギの動きを封じるために余裕を持って撃たれていた弾丸は、余裕を失う。

 腕が生え切る直前だったのが、太ももが伸び始めてからに変わり、膝が治る直前に変わり、その間隔はどんどんと増していく。


 こう着状態の決壊は近く、ガレンの経験と勘によってギリギリの時間を稼いでいるだけであった。


「……」


 まだ、まだだ。油断するな。逃げる時間を生むな。魔力の供給が完全に止まり、罠の可能性が完全になくなってから、確実に殺す。


 ツルギは焦らず、冷静に、ガレンの一挙手一投足に注視して、『その時』を待つ。


「──さて、賭けがどうとか。言っていたけど」


 加速した思考は、ガレンの声をスローで聞き取り、それを情報として処理するのが遅れる。しかし今、それは重要では無い。奴の言葉ブラフは無視で良い。


 ガレンの身体に迎撃のための構えは無く、唯一気になるところと言えば、アサルトライフルを持たずにコートの内側に入れた右腕。


 おそらく、残り2つのマジックアイテムだろう。

 そのカウンターの対処だけに、全神経を集中させる。


 亜神となり、見えるようになった魔力。

 ガレンの魔力が。マジックアイテムに注がれていた、か細い流れが。今──


「賭けは──」


 途切れた。その瞬間、肉薄する。

 その首に、渾身の一撃を──「私の勝ちのようだ」


 拳がガレンに当たる直前。ガレンのあらゆる抵抗を潰すために、最速で動いたツルギとガレンの間に青暗いナニカが迫り、視界がホワイトアウトする。


「【ウィンド】」


 ツルギの拳を弾いたソレは、緑の風を纏い、右手に持った銃から放った弾丸でツルギを大きく吹き飛ばす。


「よっ、おつかれさん。助かったよ」


 ガレンのその言葉に、青暗い髪の青年は苦笑を返した。


 ◇◆◇◆◇


 全身を稲妻の如き力が駆け巡り、身体が以前までとは比べ物にならないほどの能力を発揮する。


 踏み出すたびに景色が後ろに吹き飛んでいき、その速度の中であっても、岩の割れ目まで見えるほどの動体視力。


 迷宮を一陣の風のように駆け抜けて、以前は瀕死の身体で逃げ出した場所まで戻ってきた。


「賭けは──、私の勝ちのようだ」


 そこは、ガレンがツルギの攻撃を喰らう直前。ヤミは瞬時に【獣王レグルス】を引き抜き、言葉を唱える。


「【ウィンド】」


 後方に向けて放たれた突風と、強化された身体能力によってツルギとガレンの間に立ったヤミは、ツルギの拳を横から逸らす。


 左手でツルギの拳を外へと押し出し、その勢いのまま右手の【獣王】をツルギの腹へと接触させ、トリガーを引いた。


「よっ、おつかれさん。助かったよ」


 そんな、一瞬で状況を変えたヤミに対して気楽に感謝を述べるガレンに、ヤミは苦笑した。





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