第51話 暗根ヤミと、最高位の探索者。

「──分かりました。お願いします」

「おう、行ってこい」


 会議室、飲み干された薬品の容器と、書き込まれたメモ帳が置かれた空間で、ヤミは田中の作戦を聞いた。


「本当に、色々ありがとうございます」

「礼なんていらねぇよ。……お前は、もっと友達を頼れよ、多少の無理くらいしてやるからさ。あんま、『街の英雄』役を舐めんなよ!」


 そう言って笑う田中は、ヤミへと拳を出してくる。


「悔いの残らないように、全力でぶつかってこい」

「──はい!」


 貰ったポーションのお陰で、疲労感はあるが身体は動く。ヤミは一呼吸入れて、田中の差し出す拳に拳をぶつけた。


 待っていて下さい、ツルギさん。師匠。


 ◇◆◇◆◇


 ──時は数刻前に遡る。


 迷宮、【不死者の巣窟】。

 遠ざかる足音を後ろに、2人の人型が対峙していた。片や神に弄ばれた怪物。片や人類最高峰の怪物。

 赤髪の青年と、灰色髪の女性は自身とは異なる怪物を前に、互いに武器を構えず睨み合う。


「君を殺せる奴が来るまで、時間を稼ぐのが私の仕事さ」


 ヤミが走り出した直後、ガレンの放った言葉を聞いて、亜神セキタケツルギは獰猛に笑う。


「──ハッ、俺を殺せる奴が来るまで止めておくだと?随分と消極的じゃねぇか。アンタ、最高位探索者なんだろ?」


「適材適所だよ。私は頭ぶち抜いても死なない敵相手に殺すすべは持ち合わせていない」


 両者は表面上は穏やかに会話を続けているが、その瞳は相手を殺すために隙を探っている。


「マジックアイテム死ぬほどを持ってても、俺を殺せねぇとはな」


 最高位探索者として、数多くの迷宮を攻略してきたであろう銃原ガレン。彼女が持つマジックアイテムの数々であっても、自らを殺すのは難しいと知り、ツルギは増長して嘲笑う。


「運がなくて、マトモなのは6つとかだけなんだよ。悲しいことにね、……ただ、」


 ツルギの挑発に、ガレンは肩をすくめながら答え、そしてロングコートの中に手を入れた。

 それを受けて、ツルギも背中の大剣に手を伸ばす。両者の表情は朗らか。しかし交わす視線は火花を散らし、戦闘態勢を取る。


「──君をボコボコにして、転がす程度は訳ねぇよ。イキりキッズ」

「やれるもんなら、やってみろよッ!」


 ガレンとツルギは、獰猛な笑みを浮かべて突撃した。


 ◇◆◇◆◇


 ロングコートの内側から取り出したのは、アサルトライフル型のマジックアイテム【岩穿】。


 ツルギは先程の頭を砕いた一撃を警戒して片手を頭の前に置くが、ガレンはお構いなしにトリガーを引いた。

 狙いをつけるよりも前。コートから取り出され、銃口が下を向いた段階から放たれ続けた弾丸は地面を抉り、掬うような軌道で銃口はツルギへと向かう。


「ハッ、大したことねぇな!」


 弾丸はツルギへと命中したが、先程放たれたものほどの威力は無く、体を穴だらけにされては再生して迫ってくる。

 頭を吹き飛ばしたあの攻撃を使ってこないことを訝しみながら、ツルギは大剣を振り下ろす。

 腕や足、胴体を穴だらけにされながら、狙い通りの軌道でガレンへと大剣が迫る。


「フッ!」


 ガレンはそれに対して、回転蹴りで迎え撃つ。大剣の側面に叩き込まれた一撃は、高ランク探索者のステータスで持って、大剣をガレンの身体から大きくずらす。


 亜神に成って引き上げられたステータスは、赤武ツルギにとっては未知の領域であった。しかし最高位探索者、超常クラスのモンスターと戦い続けるガレンにとっては想定内。

 続く反撃。地面にめり込んだ大剣を足場に、身体を回転させて顔面を横薙ぎに蹴り飛ばす。


「嫌な感触だな」


 身体の組織を破壊していく途中で、肉や骨が盛り上がって治る感触に顔を顰めながら、蹴りの反動を使ってガレンは大きく距離を取る。


 そのかんも、右手に持った【岩穿】のトリガーを離さず。迎撃した直後には、ツルギの身体に弾丸を撃ち込み続ける。


 ガレンの攻撃が腕や足を引きちぎっては、ツルギは即座に再生させる。血を撒き散らしながら後ろに吹き飛んだ腕や足の末端は、山のように積み重なっては、土塊へと変わっていった。


「意味ねぇって気がつけよ!」

「君こそ気がつけ。意味はある」


 ガレンの言葉を受けて、ツルギは違和感に思い当たる。

 先程まで、腕や足に穴を開けるだけであった攻撃が、腕や足を引きちぎる攻撃になっていることに。


「気がついても、もう遅いけどね」

「──ッ、クソ」


 ツルギの意識から余裕が消え、再生能力にかまけて行わなくなった回避をしようとするが、時は既に遅い。


 あの銃原ガレンですら、反応するためには読みが必要であった筈の身体能力。全能感すらあったそのステータスが、低下している。


 ツルギの身体能力が落ちる。ガレンの攻撃が当たる。吹き飛んだ身体の再生によって動きに僅かなロスが生まれる。ガレンの攻撃が当たる。ツルギの身体能力が落ちる──。


「何だこれはッ!お前の武装には、こんな効果は付与されていないだろう!そのアサルトライフルは、魔力を弾丸に変換するだけの武装の筈だ」


 加速度的に増していく被害。そして低下していく身体能力。

 現象の理不尽さを叫ぶツルギに、ガレンは笑う。


「──あぁ、君はマジックアイテムの効果が分かるのか。それは勘違いしちゃうよね」


 自身の武装、【岩穿】の効果を言い当てられたガレンは、ケラケラと笑う。

 戦闘だけでなく、会話によっても時間を稼ぐガレンに気が付かず、ツルギはガレンの説明を待つ。


「モンスター相手に武装自慢なんてした事がなくて新鮮だ。まぁ、気前よく教えてあげるよ」


 銃を自慢するのは、いつだって楽しい事だからね。

 ガレンはそう言って笑いながら、変わらず弾丸は放ち続けている。


「私の武装は【岩穿】特性は君の言った通りの物だが、実はそれだけじゃないんだ。これは世にも珍しい、複合型マジックアイテムさ」


「なん、だっ、それ、は!?」


 攻撃威力が増し、遂には一撃で身体の7割を消し飛ばされるに至った状況で、ツルギは途切れ途切れに言葉を放つ。


 ガレンの武装、【岩穿】は計4が合わさった代物である。


 ・魔力を弾丸に変換する効果を持つ【岩穿】本体。

 ・撃ち続けるほど威力が上昇していく効果を持つ弾倉。

 ・ヒットする度に相手のステータスを低下させる効果を持つバレルパーツ

 ・弾に追尾効果を持たせるスコープ。


 以上の4つの効果を持ち、端的に言えば。『撃てば撃つほど。当たれば当たるほど強くなる』効果である。


「凄いだろう!良いだろ〜!!基礎ダメージはそれほどでもないから、やり合えるようになるまで時間はかかるが、かなり強い構成だという自覚はあるよ」


「そんな、ことが」

「あり得るんだよ」


 あり得るわけがない。続くはずの言葉を、ガレンは遮った。


「それが最高位の探索者理不尽ってやつさ」


 時間稼ぎは問題ない。後は弟子と協会を信じて待とう。

 ガレンは外の状況に思いを馳せながら、ツルギへ向かいトリガーを引き続けた。


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