第50話 暗根ヤミと、『協会の英雄』役。
「米国探索者に連絡はついたか!?」
「他の迷宮に探索中で、連絡が困難だそうです!」
「──クソッ!こっちは大怪我負ってて無理だ!」
協会の中は、未だかつてないほどの喧騒に包まれていた。
『あの銃原ガレンが救援を求めている。』
日本に3人しかいない
そんな事態に遭遇した協会員たちは、対処できる人間を探すために、大騒ぎしていた。
時は数分前に遡る。
◇◆◇◆◇
迷宮を出て、左。階段を駆け上がって外に出たら、1番高い建物!
全身傷だらけ、何かに追われているような表情をした男が、脇目も振らずに全力で街を駆け抜ける。
周囲の人々の驚いた様子も目に入らず、傷だらけの探索者、暗根ヤミは目的地へと死力を尽くして疾走する。
早く、早く早く早くッ!
協会のガラス製扉を叩く様に開きながら、第一声。
「──ッ、田中さんッ!!緊急事態ですッ!!!!」
何十階とあるフロア全域に届けと言わんばかりの叫び声は、ヤミの人生で1番の声量でもって、協会内に響き渡る。
「……」
建物内の時が止まったかのように音が止まり、あらゆる視線が自分へと向けられているのが分かる。
そんな、普段であれば縮こまって潰れてしまいそうな状況で、ヤミはその観衆から特定人物を探すのに必死だった。
その様子を見て、即座に警備員がすっ飛んでくる。
身体中、血だらけ。未だ左手は歪な形状で、胸元にはドス黒い血の痕が広がっている男が叫んでいる。
一般市民も使用する協会でそんな奴を放置する訳にもいかず、何処か裏に連れて行かれようとする。
それでも良い。警備員でも誰でもいいから、僕の話を上に伝えてくれ。
そんな自身の思いを両脇を掴んでいる警備の人間に伝えようとするが、限界を超えた身体に絶叫の代償は重く、思うように声が出ない。
「──ダ、ッー!」
マズイ。このままじゃ、意識が。治療を受けていたら間に合わないかも知れない。どうしよう?警備を振り切っても、情報伝達の方法が無い。筆記で伝えなきゃ。いや──、
グルグルと空回る思考。声で伝えられないために行動に起こそうとするも、警備は錯乱して暴れ出したのかとヤミを抑えてしまう。
このまま、何も伝えられずに僕は終わるのか?
そんな絶望が、ヤミの頭を支配する寸前。
「そこの警備、待ってくれ。ソイツは俺の友達なんだ!」
1人の協会員が、警備員を呼び止めた。
地位の高い人なのか、警備は確認をすることもなくヤミの拘束を解いて、その場から少し離れた。
「──よう、ヤミ。ペンと紙。これが回復薬。話せないのか、話したくないのか分からないから、どっちでも良いぞ」
身なりや立ち振る舞いは見違える様に変わったが、その手際の良さは見間違える筈もない。
ヤミの知っている田中のソレであった。
「声が聞こえた瞬間に走り出したんだが、道具集めに手間取った。悪い」
何も悪くないですッ!
そんな思いを目に込めながら、ヤミは田中から回復薬を受け取り、思い切り飲み干す。
間に合わせの回復薬のため身体はほとんど治らなかったが、潰れた喉と思考回路は回復した。
お礼も支払いも後回しに、ヤミは田中に報告する。
「【不死者の巣窟】に、──人型の、強力なモンスター出現。強力な再生能力と身体能力を持ち、銃原ガレンが戦闘中。『助けを求める』と言っていました」
ヤミはツルギをどう呼称するべきなのか分からず悩んだが、この場では分かりやすさを優先した。
「分かった。……確認したい。銃原氏が助けを求めているのは、その再生能力か?それとも戦闘能力か?」
「再生能力だと。僕が助けられた時、ガレンは頭を撃ち抜いて破壊しましたが、数秒で完全に再生していました。不死に近いです」
「──なるほど、確かに適材では無いか。不死殺しの出来るものを探そう。……戦闘力が原因の救援要請だったら、ほぼ詰んでいたな」
田中はヤミの報告を聞いて、青ざめていた顔に血の気が戻った。
『銃原ガレンがモンスター相手に負けを確信した』そんな事態になった場合、そのモンスターが地上に出た瞬間に人類滅亡のカウントダウンが始まる。
それほどの非常事態を想像してのことであり、ヤミが手頃な職員に報告しなかった理由だ。
こんな話、僕が師匠の関係者な事を知っている人じゃないと受け入れられない。
田中はヤミの話を聞いて、即座に近くにいた職員に指示を出している。信頼されているのだろう、職員たちも指示内容を聞いて素早く動き出した。
後のことは、田中さんに任せれば問題ないよね。
……これで、僕の役目はとりあえず果たせたかな?
ここまでは任務、そしてここからは我儘だ。
ひとまず、傷を治して、それから。それから。
ヤミは慌ただしくなり始めた協会から出るべく、少し後ろ歩きして。頭を下げてから、出口へと向かった。
ありがとうございました。
その表情は、覚悟を決めた者の顔であった。
◇◆◇◆◇
──緊急事態だ。
日本最高戦力の1人が助けを求めてて、それに対処できる適任者は数少ない。
だが、そこで諦めるわけにはいかない。
この情報は、俺の友が命を燃やして届けてくれたものだ。俺を信じて託してくれたものだ。
「直ちに協会長に連絡を。俺自身も動くが、あの人の方がパイプは太い。彼側からもコンタクトを取るようお願いしてくれ」
「報道局と警察に状況説明を頼む。この2人に田中からだと言えば良い。話の通じる奴らだ」
「あの辺りの地形は把握しているが、迷宮が潰れた後の予想地形図を作ってくれ。指揮は俺が取る」
矢継ぎ早に指示を出し、予測される被害にも先回りして手を打つ。思考はフル回転させながら、違うスペースで気掛かりについて思いを馳せる。
ヤミの姿を思い出す。壊れた腕。ドス黒い血の跡。そんなものが気にならないほどの、目をしていた。
悲しくて、どうにかしたくて。怒ってて、覚悟した目だった。
視線を向けると、ヤミは協会から出ていく直前だった。
◇◆◇◆◇
「……おい、ヤミ。暗根ヤミ!」
立ち去ろうとした背後から、声が聞こえた。
「5、いや。3分でいいから、話がしたい」
「……僕が伝えれることは、あれ以上には無いですよ」
「い〜や、嘘だね。お前は嘘が下手くそだよな。言い淀んでるし、目が背負ってる奴の目ぇしてるし。……少しでいい。ダメか?」
本当なら、一分一秒が惜しい筈のこの瞬間。無駄を省いた会話をしていた田中が、陽気さを混ぜた会話をしてくる。
その事実に、ヤミは苦しくなる。
その気持ちに耐えきれず、ヤミは頷いた。
◇◆◇◆◇
コツコツと、2人は一言も発さずに会議室に向かう。
来客用に磨かれた白い通路に、泥と血を落としながら歩いていく様は、まるで自分が罪人であるかのように感じられた。
通された個室は、以前ガレンとの相談でも使った部屋と似ており、防音がしっかりなされているのが分かる。
扉が閉められ、音が周囲に聞こえなくなった瞬間に、田中が口を開いた。
「今回の敵は、普通のモンスターじゃないな。──なんなら、モンスターですらないのか?」
「……行方不明になっていた探索者が相手です」
「お前と関係がある奴なら、赤武ツルギだな。何だ、錯乱か?それとも寄生されたか?そんな顔してるんだ。おおかた、お前を庇ったか、お前が原因の何かなんだろうな。まぁ、それはいい」
ヤミの態度や受け答えから事態の大枠を掴んだのだろう。荒唐無稽な事実に近しい予測を組み立てて、ヤミへと詰め寄ってくる。
「問題は、この後だ。こっぴどくやられて、傷も癒えてない状態で何しに行くんだよ。何がしたいんだよ。
きちんと治療を受けてから、他の探索者も揃えてから動くのと何が変わる?友達が自殺しようとしてるなら、流石に止めるぞ」
田中の言葉に、ヤミは感謝の気持ちが湧いてくる。ヤミを友達と呼んでくれて、心配してくれる人が、ここにも1人いた。その事実がヤミに力をくれる。
「……今の僕にはどうにも出来ないけど、どうにか出来る可能性はあるんです。でも、協会の準備が終わって、ツルギさんが殺されたら間に合わない。協会の人たちが動き出す前に、僕はツルギさんの下にもう一度行かないとダメなんです」
だからと言って、協会の人たちに待ってくれとは言えない。ならばもう、ボロボロでも何でも良いから、ヤミは迷宮に向かわなくてはならなかった。
「なので今、ガレンさんが戦っているこの状況がベストです。僕とガレンさんで何とかツルギさんを押さえ込んで、人間に戻す。それが僕のプランです」
「手段はあるけど、時間と実力不足ってとこか……分かった。2つ、お前に渡せるものがある。使うかはヤミが決めてくれ。」
田中はヤミの話を聞いてザックリと厳しく纏めた後、ポケットから2つの物を取り出した。
「これはポーションの中でも高品質なもの。完治は無理だが、その左手と臓器が使い物になる程度には治る筈。バカ高いから借金にはなる」
頑丈なケースに仕舞われたその薬品は、ガレンがヤミに使用した物と同等の品だろう。死の危機から脱したこのポーションであれば、ヤミもある程度戦えるようになるはずだ。
「次は、これ」
その横に、1枚の書類が置かれた。【魔法書】でも【マジックアイテム】でも無い、何の変哲もない書類だった。
「これは?」
「今回の事態に対する俺の指揮権。取り敢えず、現場指揮は俺が担当することになっている。この2つを見せた後で、お前への提案だ」
2つの品をヤミの方に押しやってきながら、田中は目をギラつかせて笑った。
「俺の作戦に従ってくれたら、お前のために舞台を用意してみせる」
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