第49話 暗根ヤミと神々は、向き合う。

更新遅れてすみません。かなり手間取りました......


—――――――――――――――――――――


 後方から聞こえる戦闘音が、他のすべての音をかき消していく。

 迷宮全体が震え、存在する生物は例外なく異変を察知していた。


「ハァ、ハァ。まだ、ちょっと痛む……」


 その音の震源地、そこから1番近い場所にいたヤミは、視界が揺れるのを感じながら、脇腹を抑える。


 ガレンがヤミに使用したのは、おそらく回復薬の類だ。効果は絶大で、ボロボロの内臓がもれなく治った。

 しかし流石にあの状態から全快とはいかず、所々に痛みが走る。


 1秒も無駄に出来ない状況下ゆえにヤミは走り続けているが、一度死にかけたことも思うといつ倒れ込んでもおかしくはない。


「なので、まずはこの状況の説明だけをお願いします」


 ヤミはガレンから渡された物に、迅速な状況説明を求めた。それはヤミが単独行動をする直前、ガレンに預けたままのカメラであった。


 返答は、一つの行動で示される。


【モデレーターにより、コメントに制限がされました】


『──我々が、説明する』


 私情を抑えたコメントに、ヤミも言葉を呑み込みながら頷いた。


『あれは私たちの中でも、邪に近い神によって作り変えられた存在、【亜神】だ。驚異的な身体能力に、不死に近い再生能力を持つ』


「……彼を、元には戻せないんですか?」


 ワン達の口から、神という単語を聞きたくなかった。ツルギの言葉が現実味を帯びてくるから。


 滲んできそうになる涙を抑えて、ヤミは対策を考える。


『不可侵の法を破った者たちは捕まえたが、我々側から君たちの方へは干渉出来ない。既に一度神の力が加わっている。次は世界や人間が耐えられないかも知れない』


「人間だけの力では?」


『現状は、不可能ね』


 そうですか。とは流石に引き下がれない。

 重傷なら諦めもつくけど、ツルギさんは意識があって身体は元気だ。助かる希望は捨てられない。


「現状ってことは、今後迷宮で見つかるマジックアイテムや、スキルではどうですか?」

『もしかしたらある。だが、それよりも確率が高い方法がある』


 言葉の内容を詳しく聞こうとすると、トゥから静止の言葉がかかる。


『まずは状況の説明からにしましょ。私たちは貴方と離れた後、銃原ガレンに私たちの素性と、貴方の危機を伝えた。

 不死身の敵を倒す手段は彼女には無い。ただ、救援が来るまで耐えることは出来るはず』


「今の僕の任務は、1秒でも早く協会にたどり着くことですよね」

『あぁ、そして。それ以降に出来ることは、今の君には無い』


「……」


 その言葉に反論できる材料が一つもなくて、悔しさに顔が歪む。

 事実、ツルギの行動に反応するのがやっと。連続攻撃には対抗する術がなかった。


『──ここまでが、説明になる。そしてここからが、君と我々が関わるきっかけになった力の話だ。帰還後の方が良いなら、ここで一度話を終えるよ』


 話の内容によっては、ヤミの心に傷を負うかもしれない。この身体の状態で心が折れるのは、危険だとヤミは感じる。


 でも、それでも知りたい。


「……いえ、話して欲しいです」

『あぁ、分かった』


 それから、ワンとトゥの話を聞いた。彼らの事を、僕の力の事を。


「──つまり、貴方たちが僕の配信に現れたのは、僕の力による偶然で。場合によっては、ツルギさんと同じことを僕にした可能性もあった……そういう事ですか?」


『あぁ、そういう認識で間違いは無い。我々は君たちの言う神に該当し、君を亜神にする可能性もあった』

『……可能性の話でしょ。現に私たちは』

『トゥ。可能性の話だとしても、伝えるべきだ。そこは誠実に答えるべきだろう』


 ワンとトゥの会話を、ヤミはキチンと処理することができなかった。


 ワンもトゥも人間ではなく。好奇心の意味合いも、玩具に向ける様な無機質なものであった。その事実に、視界が歪む。

 思わず耳を塞いで全てを拒絶したい気持ちになるが、ヤミはそこで踏みとどまった。


 知る勇気だ。思い込み、全てを聞かずに判断するのは勿体無いこと。全部聞いて、その上で、僕は前に進まなくちゃ行けない。


 大きく深呼吸をして、それでも震える声で、ヤミは聞いた。


「──それは、今もですか?」

「僕に接してくれる皆には、今もその感情だけがありますか?」

「貴方たちの言葉に、親愛や好意的な感情を感じたのは、僕も思い違いだったんですか……?」


 身体の震えが止まらず、この先の答えを聞きたく無いと悲鳴をあげる。

 人に踏み込むのは怖くて、お互いを良く知るのは億劫で。──だけど、それでも。


「僕たちは、友達じゃなかったんですか?」


 それだけは信じたい。


 ヤミの言葉も、高位存在の言葉も止まる。

 流れるのは足音と、遠くから響く銃声。

 しかしその優しい静寂は長くは続かず、現実は、必ず訪れる。


『──私には、友達はいない』


「……」


『……いや、正確に言うのなら。これまで1人も、いた事がない』


『私はね、ヤミ。友達が何か分かっていない。君のことを見るうちに生まれた、君に向ける優しい気持ちも、私情の含まれた行動も。私には初めての体験なんだ』


 続くワンの言葉を耳にして、項垂れていたヤミの視線が上がる。


『……もし、もしも。その感情を友愛と呼ぶのなら。私は君を、初めての友達だと思っているよ』


「ワンさん……!」


 その言葉に、安心と嬉しさが押し寄せて、涙が止まらなくなる。


 もしも怖がって、遠ざけて、ぶつかっていなかったら、決して分からなかった答え。

 知る勇気によって、ヤミの心は救われた。


『もちろん私も、同じ気持ちよ』


「トゥさん……」


『私を抜きでハラハラ会話しちゃって。入るタイミング逃したわ。

 ……私だって、アンタにカメラ送ったり教えたりするのは、大分リスキーな事なのよ。そこら辺から分かって欲しいわね』


「ハイッ!ありがとうございます……」


 ヤミは涙で濡れた顔を何度も上下に振って、感謝の念を伝える。


 他の神々から文句が来たのか、ワンが舌打ちをしながらコメント制限を解除した。


『俺たちもヤミのこと、玩具オモチャとはもう思ってないよー!』『2人が守ってるヤミに、悪さ出来る奴なんていないから安心してよ!』『友達になってくれ』


 そこで流れてくるコメントも、殆どがヤミに対して好意的なものであった。

 それが嬉しくて、ヤミは心も身体も軽くなる気分だった。


『さて、仕事を終えたその後に。もしもの話だが、君に伝えることがある』


「もしもの話、ですか?」


『あぁ、セキタケツルギを助ける手段で、さっき話した君の力についてだ』


『まぁ先ずは、協会に行きなさい。迷宮の出口はもうすぐ。キチンと自分の役割を果たしてきなさい』


「はい!」

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